第11話 弟
「御茶会の中、このような形でこの場に立ち入ること、お詫び申し上げます。しかし、可及的速やかにお申し伝えたく、参上した次第です」
メイドは、深くお辞儀をしながらそう告げる。
「そういうのはいいから、早く伝えなさい。大事な話なのでしょう?」
メイドは少し視線をこちらに向け、再び顔を下げた。
「はい。では、単刀直入にお伝えさせていただきます。つい先ほど、近衛騎士団長から連絡が入りました。副団長……つまり、ライズ・シュティルナー様が訓練中に倒れられたそうです」
「え……」
声にならなかった。心臓が一瞬止まった。
目の前が歪み、体が熱くなった。
ライズが……倒れた? なんで? どうして?
いや、理由ならいくらでも思いつく。
いや、それより今考えないといけないのは──。
「今、彼は何処にいるのです?」
口を開けなかった私の代わりにエティがそれを聞いてくれた。
「王宮の休憩室でお休みになられています。今侍医が急いで向かっております」
その言葉を聞いて、パン、と両頬を叩く。
今は慌てる時間じゃない。冷静に、それでいて迅速に動くんだ。
「ねぇ、エティ。お茶会の仲悪いんだけど──」
「そういうのはいいから、早く行ってあげなさい。彼はきっと貴方を待ってるわ」
「うん。で、エティは?」
「私も少し身支度を済ませたら向かうわ。先に行きなさい」
「うん。わかったわ」
そう言って私は部屋を抜け出した。
王宮を走って移動するなんて、初めての経験だった。
****
ただ走る。運動不足に嘆く身体に鞭打って。
流石王宮といったところか、同じ建物内というのにかなり距離がある。ただ、場所を正確に把握できているのは、何度もここに入り浸っているおかげなのだろう。
走りながら、ライズのことを考える。
可愛い私の弟。それでいてこの世界のたったひとりの勇者。
私は彼に無理を強い過ぎたのだろうか。
魔法と剣技の両立はやりすぎだったのだろうか。
本人に直接確認をとっても「大丈夫ですよ、姉上。俺がしたくてしてることなんですから」と言っていた。指導係のウィズダムや騎士団長に聞いても、特に無理をしている様子はないと言っていた。それに、ゲームの主人公ならこれくらいの訓練は余裕でこなして……。
その考えに至ったとき、私は自分の最悪な部分に気づいてしまった。
私は、まだ彼を……自分の弟をゲームの登場人物として、キャラクターとして扱っていたのではないか。人の心を持ち、人として動く彼を、何処かで自分とは違う、プレイアブルキャラとして考えていたのではないか。
駄目だ。胸と頭が痛い。
その痛みを抱えつつ、私はただ足を動かし続けた。
****
頬を伝う雫が、疲労による汗なのか、心配による冷や汗なのか、それとも、心が動いたことによる涙なのか。それが分からなくなるくらいになったとき、ようやく目的地へ着いた。
私はノックも忘れて休憩室の扉を開いた。
大量の空のベッドが並ぶ中、たったひとり眠るライズを見つけた。日が暮れかけ、夕陽だけが照らす薄暗い室内に輝くたった一つの星のようだった。
額には濡れた手拭いが置かれていた。バケツは無かったので、メイドさんが汲みに行ってくれていることが察せられた。
近づくと、ライズは頬に汗を垂らし、少しうなされていたので、そっとその頬に触れた。
「……あね、うえ?」
「ごめん、起こしちゃったかな?」
「わざわざ足を運んでもらって、申し訳ないです……」
「何言ってるのよ。弟が倒れたって言って駆けつけない姉なんていないのよ」
「流石です……あねうえ」
「もう、ふにゃふにゃじゃない。私のことは気にせず寝てなさい」
「は……はい」
そう言うと、ライズはまた目を閉じ、しばらくると、スースーと寝息を立て始めた。
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