第10話 悩みの真相


「思った通り、王政反対派の貴族の仕業だったわけね。まぁ、まさか、セトロス伯爵なんてビッグネームが出てくるとは思わなかったけどね」

「王女にどうこうできるにはそれなりの地位が必要ってことかしらね。ほんと、迷惑だわ」


 話を聞くと、貴族社会では嫌というほど聞き覚えのある話だった。

 でも、やっぱり辛いんだということもよく伝わって来て、犯人には殺意すら湧いた。


 話はまとめると単純なものだった。

 王政反対派の貴族の令嬢が、数名の仲間を囲ってパーティ等で会う度に嫌がらせをしてくるというもの。わざと陰口を聞こえるように言ったり、あることないこと噂を流されたり、飲み物をわざとかかるように零したり。

 なかなか度胸があるというものだ。相手は王族というのに。


 そこまで考えたところで、少し我を振り返った。私は、セルフィリアはどうだったろうか。

 王族のエティ相手に大立ち回り。セルフィリアの場合は、手まであげようとする始末。今聞いた話よりも酷いことをしていたのではないか。

 一縷の申し訳なさと、世界が違えば私もそういうことをしていたのかという、考えるだで吐き気を催すような事実に口を抑えるしかなかった。


「……ティ。エティ!」

「ど、どうしたの?」

「それはこっちのセリフよ。いきなり口を抑えたりして。体調でも悪いの?」


 さっきから呼びかけてくれていたようだ。気が付かなかった。

 私は何をしているんだ。相談をしてくれてる友人に心配させて……。

 切り替えろ。今の私は私の知ってるセルフィリアじゃないんだから。


「いや、全然大丈夫。ちょっと咳込みかけただけよ」

「そう? ならいいんだけど……。どうしたものかしらねぇ」

「公の場で言ってやったらいいんじゃないの? エティは王族なわけだし、それに手を出したって言うなら……」


 そこまで言って気がついた。

 そうだ。エティは賢い娘だ。それだけで解決するならとっくにしている筈だ。何かできない理由があるのだ。


「それがね……そろそろこの国、新しい法令を出そうとしてるじゃない?」


 王女は机に肩肘をついて呟いた。


「あぁ、確か魔族との戦争の為に、魔法使いを国から徴集するんだよね」

「そう。徴魔兵令。で、そんな大事な時に王女の私が問題を起こしてみなさい。どうなると思う?」

「あぁ……それは、法令反対派に良いエサを与えてしまうってわけね」

「そういうこと」


 そうだ。問題はもはや、どちらが悪い悪くないの話ではない。虐めを糾弾すればそれだけで騒ぎになることは考えるに容易い。しかも、恐らくあちら側はそれを狙って犯行に及んでいるのだ。

 いじめ。それは空気感を読むことでしか察知し得ない、見えざる攻撃。

 つまるところ、『問題にしなければ、問題にならない』事件なのだ。しかし、今のエティにはその『問題にすること』そのものが難しいのだ。こういうのは、前世でも今世でも変わらない。やはり、どんな場所に行きつこうとも、人間は人間なのだろう。


 そう思いつつ、私は一つのことを思いついた。


「ねぇ。エティ。この問題、私に任せてくれない?」

「え?」

「もう少しだけ時間はかかるかもしれないけど、何とかなるかもしれない」

「ほ、ほんと!?」


 エティはその美しい白髪を揺らしながら立ち上がった。桃色の瞳は私に向けて輝いている。

 うん。これは役得だ。問題を引き受ける価値が絶対にここにはある。なんたって、こんなに可愛い顔を、こんな特等席で眺められるのだから。


「うん。細かいことはまだ言えないけど、心当たりがあるの」

「そっか。でも、本当に大丈夫? 無理してない? セルフィはいつも人の為なら無理しちゃうから」

「そうかな?」

「そうだよ。昔からそういうところ見せないタイプだけどね」

「確かに、そういうところもあるかもしれないね。でも、無理してでも親友の頼み事は聞きたいじゃん? エティだってそうでしょ?」

「……そういう言い方はずるいよ」


 顔を下げるエティを見て、席を立ち上がる。そして、自分の胸をドンと叩いた。


「ずるくて結構だよ。なんたって私は悪役令嬢セルフィリア・シュティルナーなんだから!」


 そう言うと、エティは顔を上げ、表情を和らげた。


「なにそれ。悪役令嬢なんて言葉、アンタには一番程遠いわよ」

「そうかな? 案外似合うと思うけど?」

「無理でーす。私のセルフィは優しくて可愛くて、すごい頼りになるちょっとお茶目な公爵令嬢なんだもん」


 その発言に言葉を失くした。

 なんか、凄い可愛い子に『私の』なんて枕詞をつけて名前を呼ばれると凄い感じるものがあるな。

 うん。凄い良かった。頬を赤らめるくらいには良かった。


「ちょ、今の『私の……』ってところもう一回言ってみて」

「へ!? な、なんでよ」

「なんか、言語化できない良さがあったから」

「何よそれ。恥ずかしいから今のは一回きり」

「え〜」

「え〜、じゃないわよ、まったく」

「まぁ、でも、可愛い友達にそこまで言われちゃ、やるしかないわね」

「可愛いとか、そう面と向かって言わない。なんだかこそばゆいわよ」

「そう? 本当のこと言ってるだけなんだけどなぁ」

「ほ、本当のことって……それは嬉しいけど、やっぱりダメ! 恥ずかしいから!」

「絶対?」

「そう、絶対」

「ちぇ〜」

「何よ、ちぇ〜って。ふふっ」


 そうして2人は笑い合った。この時間が、私には長いようにも短いようにも感じた。それくらいに、尊い時間だった。

 微笑み合いが続くこと数十秒。私はあることに気づいた。

 

「あれ? でも、そういえば、セトロス伯爵って、なんで特別聞き覚えがあったんだろう。確かに、権力的にはボチボチだけど、特にパーティとかでも目立ってるタイプじゃないわよね?」

「あぁ、それは多分、これよ」


 そう言って、アフタヌーンティースタンドに並ぶお菓子を指差した。


「お菓子?」

「そ。セトロス侯爵領はフルーツの名産で、美味しいお菓子を作るのよ。まぁ、流石に今回の件が始まってからは取り寄せてないけど」

「あぁ。だからか」


 お菓子に関する拘りは、私とエティの拘りでもある。パティシエ等を聞く時に、何度か名前が出てきていたのだろう。


「でも、お菓子作りが得意な国の娘が、悪いことしてるって、中々に複雑な気分じゃない?」

「そうね。どんな明るい物にも影があるってことかしらね」


 そう言って、エティは手に持ったクッキーを齧る。その音が部屋中に響き渡ったその時だった。

 

 ドンドンドン、と比較的大きめのノック音が3度続いた。

 それを聞いて、エティは眉を顰めた。


「何かしら? この時間には誰にも入らせないという約束のはずだけれど」


 エティの声が低かった。茶会を邪魔されて少し不機嫌なのかもしれない。


「いえ、それが、急用でして」


 ドア越しだが、相当急いでいる声だと言うことがわかった。


「いいわ。入りなさい」


 エティがそう言うと、「失礼致します」と言う挨拶と共に、メイドが頭を下げて入ってきた。

 茶会に似合わぬ形相のメイドが入ってきた。

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