第9話 半年のできごと


 半年が経った。そして、その間で色んなことがあった。

 

 先ず話すとするなら聖剣の話だろう。 

 エティとの会話から、ひと月も経たないうちに聖剣ルヴェデュジュールはライズの手に渡った。

 勿論、その間には色んな紆余曲折があったはずだが、細かいことはエティは教えてくれなかった。どうやら本当に私の親友は優秀らしい。


 しかし、良いことだけではない。何も話していなかったお父様達にも話すことになったのだが、その際、大説教を食らうハメになった。


 当然と言えば当然だ。国の宝を、あろうことか王女に取り次いでもらうという大無礼を犯した娘を叱らずにいることはできなかったのだろう。

 甘やかされて育っていた自覚はあったのだが、流石にやり過ぎだったらしい。あんなに怒った父の顔は初めて見た。


 でも、最後には何とか納得してもらえたみたいだった。どうも、ライズの近衛兵としての活躍が素晴らしかったらしく、「7年前、そんな才能を見つけてきたのはお前だからな」と言われ、赦しを頂いた。

 

 離れていても姉を助けてくれるなんて本当になんてできた弟なんだろうか……。


 ってそうじゃなくて。

 ひとまず、聖剣の話はそのくらいだ。

 次に、話すべきはウィズダムとの魔法伝授のことだろう。

 彼女は今、ライズに魔法を教えてくれている。物覚えも良いらしく、このままいけば、後数ヶ月で目標の魔法の習得も夢じゃないらしい。

 その目標の魔法とは、 締緘魔法ていかんまほうのことである。

 

 100年前、勇者一行は魔王との勝負で苦戦を強いられた。どんな技も、どんな魔法も、効いてはいるが決め手にはならなかった。 

 消耗線になれば、魔族のあちらの有利になる。   

 そして、現に、勇者の仲間たちは既にウィズダムを含め魔力切れを起こし、人類史に終焉が訪れたかのように思われた。

 そんなギリギリの瀬戸際で勇者が生み出したのが『締緘魔法』だ。その魔法で勇者は魔王の封印に成功するのである。


 魔王を無力化する世界唯一で伝説の魔法。

 その魔法は、時を経ることで、魔王の脅威を知る世代の人間共に風化し、その存在すら知る者はいなくなった。

 

 そう、ウィズダムただ1人を除いては。

 彼女だけは、締緘魔法を風化させなかった。いつか誕生するであろう新しい魔王への唯一の対抗策をしっかりと保管していたのだ。

 そして、ゲームの正史ルートでは、ウィズダムの予想通り、新しい魔王は誕生する。その魔王を撃ち倒すべく現れる現代の勇者に、締緘魔法を伝授するのである。


 だからといって、それまで待っておくわけにもいかない。今のこの世界は、私という異物を孕んでいる以上、どんな予想外の出来事が起きてもおかしくない。だから、私はなるべく早くウィズダムと 現勇者ライズを会わせたかったのだ。可能な限り、勇者の締緘魔法習得を早める為に。

 

 私は用心深いのだ。

 聖剣の扱いも締緘魔法もできるだけ完成度を高め、計画が失敗する可能性を限りなくゼロにする。それが、私の平穏な未来に繋がると知っているからだ。


 そして、ことは予想以上に、上手く運んでおり、ライズの成長は目まぐるしい。

 与えた聖剣は、すぐに肌に馴染んだらしく、毎日のように技を習得しているらしい。

 また、締緘魔法の方も、この前ウィズダムから「この調子ならあとひと月もかからないうちに習得できるんじゃない?」と言うお墨付きも貰った。


 ゲームでは、もう少し時間がかかった筈なんだけどなぁ。


 ライズに剣や魔法の教育を受けさせてきたのも、無駄ではなかったということだろうか?


『全ては上手くいっている』。


 そう胸を張って言いたいが、やっぱり目を逸らしてはいられないこともあって。

 


 今日私は、ある理由でエティにお呼ばれしていた。

 いつも出迎えてくれるはずの彼女が部屋にいるらしい。私は少しの寂しさを目の前の扉のノックに乗せた。

 

「あ……来てくれたんだ、セルフィ。嬉しい」


 その言葉とは裏腹に、エティの顔色は落ちきっていた。

 そんな顔を見て、哀しさと同時に憤りを覚えていた。


「うん。来たよ。今はもう話せそう?」

「う、うん。入って」


 彼女は弱々しい力で扉を押すので、こちらからその扉を引っ張り、私は中へと入った。

 ギィィドン、という音と共に扉が閉まると、私は即座に口を開いた。


「で、誰にやられたの? まぁ、十中八九、王政反対派の貴族の令嬢あたりでしょうけど」

「……うん。それは後にして取り敢えず今は、お茶を楽しみましょう? セルフィとの時間を暗い気持ちから始めたくないから」

「そう? エティがそういうならそうするけど……」


 そうして、私達のティーパーティは始まった。

  

 用意されたお茶やお菓子はいつも通りの高品質なものだった。

 それを楽しみつつ、最近あった出来事を話していると、エティの方も楽しくなってきたのか、口数が増え始め、30分も経てば、笑顔を見せるようになった。


「ふふっ。ライズ君頑張ってるのね」

「正直体壊さないか心配だけど、あの子私の前で弱み見せないからね」

「昔からそういう子だったもんね」

「まぁ、近くにもうひとり、弱みを見せ渋っている人もいるみたいだけど?」


 私は敢えてしっかりとエティの目を見て話した。

 すると、エティは気まずそうな顔でティーカップを置いた。


「……やっぱり、話さないとダメ……よね」

「今日はそっちから招待してくれたんでしょう? それは、私に聞いてほしいことがあったからじゃないの?」

「それはそうだけど……。この楽しい雰囲気を終わらせたくなくて……」

「そんなこと言ってたら何も進まないでしょう? それに、嫌な話なんてすぐに終わらせて、また楽しい時間に戻せばいい。そうでしょう?」


 こう言っていると、聖剣の話をしたときの茶会を思い出す。あのときとは立場が逆だけど、構図はよく似ている。相談する側が言い淀み、聞く側はそれを掘り起こそうとしている。ほぼ同じと言っていい。


 友達の相談なんてむしろ乗りたい、力になりたいんだから早く話してほしいんだけどなぁ。でも、あのときのエティはこんな気持ちだったのかもしれないな。

 

 なんてことを考えているとエティはゆっくりと口を開いた


「そうね。で結構重めの話だけど、最後まで聞いてくれる?」

「当たり前でしょ? 私達、親友なんだから」

「ふふっ。そうね。うん。決心もついたし、話すとしますか」


 そうして、エティはコースターの横にカップを置き、口を開くのだった。

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