第8話 賢者ウィズダムとのひとときを

 何度も、後悔や謝罪を心の中で反芻していると、声が聞こえた。


 優しい声だった。


「なぁんて、冗談だよ」


 目を開けると、目の前に一輪の花が咲いていた。どうやらウィズダムの魔法によるものらしい。

 何が起こっているのかわからず口を開けていると、彼女が状況を説明し始めた。


「ちょっとアンタがあまりにも動じないもんだから揶揄いたくなったのさ」

「揶揄い……ってことは……」

「そ。全部冗談さ」

「な、なんだぁ……。本気で死んだかと思った……」

「偉く情けない反応だねぇ。まぁ、アンタの危機管理能力の無さを自覚させる為でもあるんだけどねぇ」

「危機管理能力……ですか?」

「あぁ。こんな得体の知れない魔法使いの家に1人で何の対策もせずに来るなんて、怖い想いしてもおかしくないって話さ」

「そう……ですね。交渉は信用第一と聞いていたので、警戒して何かを用意するなんてことは考えていませんでした」

「そういうのは、バレずに仕込んでくるんだよ。交渉云々の前に、ナイフを突きつけられたらどうするつもりだい?」

「はい……ぐぅの音も出ません」


 そうだった。確かに緊急脱出用のアイテムくらいは常備しておくべきだったのかもしれない。

 もはや、この身体は私1人のものじゃない。セルフィリアとしての身体という意味でもそうだが、私の人生のバッドエンドは、世界のバッドエンドに繋がる。そういう意味では、私の命はこの世界の命と言っても……いや、それは過言か。


「まぁ、私個人としてはそういう考えは嫌いじゃないがね」

「はは……。そう言ってくださるなら、もう少しだけ優しくお願いしたかったですよ。心臓止まるかと思いましたから」

「私もやり過ぎたとは思ってるさ。お詫びに紅茶でも淹れてやるから、少し掛けていきな」


 そう言って、ウィズダムは一つの椅子を引き、奥へと下がっていった。

 せっかくなので、椅子に座って待っていると、2分も経たないうちに手にティーポットとティーカップを乗せたお盆を携えて彼女は帰ってきた。


「ほれ。せっかくだからちょいと珍しいのを用意してやったよ」


 そう言いながら、カップを私の前に置き、ポットで紅茶を注いでくれた。

 怪訝な目でそのコップを見つめていると、彼女は溜息を零した。


「そんなに心配せんでも、毒なんて入っていないよ。もうあれは終わったことさ」

「いやぁ、さっきの雰囲気を見せられた以上、警戒しないでという方が無理ではないでは?」

「おや、なんだい。アンタ、そう言う話し方もできるのかい。私はそっちの方がタイプだよ」

「そりゃどうもです」  


 そう言って、紅茶を一口あおった。すると、嗅いだことのないような爽やかな香りが鼻腔を通り抜けていった。

 言葉通り、毒は入っていなかったらしい。


「釣れないねぇ。でも、アンタの話を聞きたいってのは、本音だからね。こんな例、私は見たことがないし何よりアンタ、自分のこと他の人には話してないんだろう?」

「そ、そうですけど、それがどうして私の話を聞きたいってことに繋がるのよ?」

「いいや、長年生きてるとわかるんだよ。誰にも言えない秘密を一生抱えて生きるってのはね、辛いことだってことくらい……」


 ウィズダムはそう言って紅茶をあおり、上を見上げた。


 そこで少しだけ、彼女の気持ちが分かった気がした。


 彼女は自分が魔王封印に携わった賢者ということを隠して、こんな森の中に身を潜めている。

 そんな彼女だから、今の私に思うところがあったのだろう。


 あぁ。困ったな。私はこういうのに弱い。


 もしかすると、どんな魔法より、どんな拷問よりも、私には一番泣き落としが効くのかもしれない。まぁ、そんなこと、誰にも言わないけど。


 同じように、私の過去も、罪も話すつもりはなかったんだけどなぁ……。


 再度紅茶あおる。今度は飲み干す勢いで。


「私、他の世界で死んで、この世界に生まれ変わったんです。簡単に言うと異世界転生ってやつで──」


 そうして私は話し始めた。自分の前世と、今世で目指す目標を。


****


 結局その後、話は続き、計5種類の紅茶を嗜んだ。ティーパーティの出席数ならトップレベルだと自負している私でも、知らない紅茶ばかりのものだった。やはり世界は広い。


 ある程度話し終えると、日が暮れきって

 ウィズダムは見送りにわざわざ小屋の前まで出てきてくれた。


「それにしても、話し過ぎってくらい話しちゃったわね……」

「やっぱり、無意識の中で、隠し立て無しで話せる相手ってのを求めてたんじゃないかい?」

「そ、そんなことないわよ! というか、アンタが聞き上手すぎるだけでしょ」


 そうだ。これは私の問題じゃない。聞き上手というか話され上手というべきか、とにかくどうもこの人には打ち明けたくなってしまっていたのだ。


「まぁ、無駄に長生きしてないからね。積年の経験ってやつだよ。でも、正直100以上も歳の離れた子にこんな話し方で話されるなんて、流石の私もわからなかったけどねぇ」

「あ」


 つい声を漏らす。


 そう言えば私の前に立ってる人って100歳上の賢者様なんだった。こんな見た目してるから感覚が鈍るんだよ。

 そういう意味では変身魔法も無駄じゃなかったようだ。


「いや、これはその……違くてですね」

「いーや、冗談だよ。さっきも言った通り私は裏のアンタの方がタイプだからね」

「な!? なんなのよそれ」


 彼女は、初めてこの世界で本当の意味で太刀打ちできない相手だと思い知った。


「茶化して言ったけど、本音だよ。アンタは昔の仲間に似てるんだよ」

「仲間? それって……」

「ま、私も『あの頃』くらい楽しかったってことだよ」


 仲間というワードを追求しようと思ったが、途中で言葉を挟み込まれてしまった。なんだか、それ以上は踏み込んではいけない気がした。


「そう。それなら私も嬉しいわよ。じゃあそろそろ行くわね」

「おや? こんな所から1人で帰れるのかい?」

「近くに遣いと護衛を用意してるのよ。口止め料を握らせてね」

「そうかい。そりゃあ、良いご身分なことだね」

「一応、公爵家の令嬢ですから」

「ハハッ。そうだったね。まぁ、また来なさいな。弟の顔を見せる時にでもね」

「えぇ。今日はほんとにありがとう。次会えるのを楽しみにしておくわ」


 そう言って腕を振り、私は魔女の家を後にした。

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