第7話 廃屋の魔女

 成人の式典はつつがなく、予定通りに執り行われた。私がエティに手をあげることも無ければ、王族への叛逆で国外追放を言い渡されることもなかった。

 取り敢えず、ひと安心だが、心を休める暇もなく、私は目的地へと向かった。


 エティがあれだけのことを協力してくれるのだ。私が何もしないわけにもいかない。


 私は一抹の不安だけを胸に、馬車を御者に走らせた。


 着いたのは、村の外れの廃屋だった。

 御者には口止め料を握らせておいた。一般人なら1ヶ月は余裕で暮らせる金額だが、それほどの出費とは感じなかった。

 今の私のお金の使い道なんて、ライズ関連のことか、こういうことしかないし、面倒事を防ぐにはこれが一番早いから。


 劣化で朽ち果てた外壁から中の様子が見え隠れしているが、特におかしなところはなく、やはり中身もボロボロに見えた。


「本当に此処で合ってるわよね?」


 自分の記憶を疑いつつ、表のドアを3度ノックし、そのままノブを引いた。

 

 その瞬間、少しドアノブが光ったかと思えば、即座に強い目眩いが押し寄せてきた。特に抵抗することもなく、私は安心したまま、意識を奪われていった。


**


「これはまた、卦体な客人が来たものだよ」

 

 目を開くと、そこには紫のローブに身を包んだ老婆が立っていた。頬の痣がよく目立つ。

 やはり、私の記憶は間違っていなかったらしい。私は彼女に会う為に此処に来たのだ。


「おや? 驚きもしないのかい……。アンタ、いよいよ何モンだい?」

「申し遅れました。私、公爵家シュティルナーの娘、セルフィリア・シュティルナーというものです。突然の訪問になり、申し訳ございません」

「公爵家……そんなお偉いさんがこんなところに何の用だい? 先に言っとくが、森で迷ったなんて言い訳は通じないよ」


 さて、用意してた言い訳のうちひとつが早くも潰されたわけだが、どうしようか……。いや、もうここは正直にいくか。


「貴方に頼み事があって参ったのです」

「頼み事……かい。こんな老骨にできることなんて何も無いよ。他をあたりな」

「いいえ。貴方にしか頼めないことなのです。賢者ウィズダム様」


 その名前を出した途端、彼女の周りに流れる空気の質がガラッと変わった。

 空気が痛かった。

 老婆は目を鋭くしてこちらを見た。


「その名前……どこから聞いた?」


 この反応はごもっともだった。何故なら、恐らくまだこの世界にこの人の正体を見破る術はないからだ。


 賢者ウィズダム。100年前に魔王を封印した勇者パーティの魔法使い。巷では、魔道を極め、不死身の身体を手に入れて世界中を旅しているという御伽めいた噂も立っていたが、真相は闇のままという謎めいたキャラクターだ。

 だが、ゲーム中盤で、魔王の侵攻を聞きつけ、勇者に魔法を教える役回りで登場し、実はスリーピア王国近くの森で身を潜めていることが明かされるのだ。


「それは言えません。ですが、言い広めるつもりもないのでそこはご安心ください」

「本当だろうね? まぁ、もしアンタがその話を言い広めるつもりだとしても、私には止める術はないのだけれどね」

「そんなつもりはありません!」

「わかってるさ。嘘をつけば顔に出る。昔からそういうのを見るのは得意でね。取り敢えず、私は私の目が信じるアンタを信じるよ。でも、そうさね。正体を知られた相手に手を隠すのも中々にナンセンスだからね」

「はい……?」


 首を傾げていると、老婆……ウィズダムは、懐からステッキを取り出し、空中に何かを書き出した。解読はできないが、文字が空中に浮いていて、国一の魔法使いを垣間見た気がした。

 書き終えると、ウィズダムは「パンッ」と手を叩き、その場が光に包まれ、その眩しさに目を瞑った。

 そして、目を開くとそこには──


 ──私と歳の変わらないような少女が立っていた。紫のローブを纏って。


 ウィズダムの変身魔法。ゲームで何度か見たが、やはり、生で見ると迫力が違う。

 

「私の領域まで来れば、見た目なんてただの飾りだが、他の人にはそうじゃないらしいしね。アンタもこっちの方が話しやすいだろう?」

「お気遣いありがとうございます」

「自分でやっておいてなんだが……本当に肝の据わった嬢さんだことだ。で、私への頼み事ってのは何だい?」

「勇者の器に、魔法を教えて欲しいのです」


 それを聞いたウィズダムは、引いた顎に指を当て、その場で数歩足踏みをした。


「勇者の器……そういうことも……いや、だがしかし……」


 そして、立ち止まってからもう一度私の目を見た。


「勇者の器。それが何を意味するかわかった上での言葉なんだろうね?」

「はい。存じております。証の痣も右手に確認しています」


 勇者の器とは、魔王の脅威に対抗する為に示し合わされたように、人間界に現れる特殊な人間のことだ。100年前の勇者も、ライズもその器で、その証として共通して右手に剣模様の痣を宿している。


「そんな話、全くもって私の耳に入ってきていないんだけど、勇者の証の話を知っているのも限られた数人しかいないのも事実だしねぇ……」


 ウィズダムは近くの椅子に腰を下ろし、また何かを考えるように顎に指を当てた。

 きっと、彼女は今私が想像だにしない速さで頭を回し、より多くの情報を処理しているのだろう。


「いいだろう。私の条件を呑めるってんなら考えてやる」

「条件……ですか」

「あぁ、そうさ。条件は二つ。一つは、直接、勇者の器に合わせること。これはまぁ、当たり前のことだね。魔法の才を見る上でも不可欠さ」


 この条件は想定内だ。


「では、もうひとつの条件は……」

「こっちが本命さ。と言っても今思いついた条件なんだけどねぇ」

「今……ですか」

「あぁ。もう一つの条件は、アンタのことを教えること、だ。この数分のやりとりだが、アンタに興味が湧いたんだよ」 


 こっちはまっぴら想定外。


 ていうか、どういうことよ!? こちとらゲーム上では、アンタと出会う事すらない脇役なんですけど!?

 

「私などに興味を持っていただけるのは嬉しいですけど、賢者様を満足させられるような過去は持っておりませんよ?」

「なぁに、心配はいらんよ。私にアンタ自身のことを教えてくれればいい。ま、アンタが『教えない』って言ったところで、ここでは無力なわけだけどねぇ……」

「それってどういう……」


 言葉の意味を聞こうとしたところ、ウィズダムは眉をひそめ、口角を上げた。

 何か冷たいものが背中を這い寄っていく気がした。


「気づかなかったのかい? この部屋は全て私の空間……謂わば、魔女の腹の中。私がその気になれば、アンタをここへ幽閉して、無理矢理質問に答えさせることだってできるんだよ? 昔の仕事柄、口元を緩くするのは得意でね。麻痺、媚薬、下剤、自白剤、拷問。どれが好みだい?」


 不気味な笑顔のまま彼女はこちらへと歩みを寄せてきた。


 まずいまずいまずい。


 私はどこで間違ってしまったんだろうか。というかアンタ、そんなキャラでしたっけ?

 確かに掴みどころのないミステリアスなキャラではあったけど、ここまでアグレッシブじゃないよね!?


「あの……だから何度も言います通り私には── 」


 言い切る間もなく、ウィズダムは言葉を挟んだ。

 

「それは、アンタの外身の話だろう? 私が言っているのは中身の話だよ」


 全身に鳥肌がたった。

 まさか、私が転生者だってバレた!? いや、でもそれを見抜く術なんてあるはずが……。

 どちらにせよここは上手く切り抜けないと。


「……外身? 中身? まったく意味がわかりませんね。私は公爵令嬢セルフィリア・シュティルナー。それ以外の何者でもありません」

「いいや、他の者は誤魔化せてもこのウィズダムの目は誤魔化せないよ。私にはアンタの中身が見える。外身と対応していない全く別の魂が入ってるんだ。こりゃ傑作だよ」

 

 『中身を見れる』。


 確かにそんなこともゲームで言ってた気がするが、あれは、人の性格や裏側を覗けるって意味での言い回しじゃなかったのか。まさか、なかみ

 私はどうやら、自分よりも100以上も歳の離れた魔法使いを無意識のうちに侮っていたらしい。


 だけど、私はこんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ。


「待ってください! 確かに隠し事をしていたのは事実ですので、そこは謝ります。ですから、一度話し合いましょう! 話し合えばきっと、分かり合えます!」


 身振り手振りでなんとか落ち着かせようとするが、ウィズダムは歩みを止めない。


「話し合い? そんなのは必要ないねぇ。一方的に私が情報を受け取る。それだけさ。昔からそうしてきたようにねぇ」


 ウィズダムは私の目の前で立ち止まり、私の頬に手を伸ばし、そのまま私の顔に触れるほどに顔を寄せた。


「少し痛むかもしれないけど、少しの辛抱さ。すぐ楽になって全て私に話すさ。まぁ、もっとも、少しの後遺症は残るかもしれないがねぇ」

「いや、やめて!!」


 恐怖に目を瞑った。


 私は、こんなところで──。

 まだやるべきことは山ほど残っているのに。

 

 ごめんなさい、エティ。

 ごめんなさい、ライズ。

 ごめんなさい、お父様、お母様。

 ごめんなさい、セルフィリア。

 ごめんなさい、世界。


 謝っても謝り切れない。

 悔やんでも悔やみきれない。

 色んな感情を抱えつつ、身体を震わせるしかなかった。

 

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