第6話 王女様とのティーパーティ(後編)

 その後30秒ほど沈黙が続いた後、エティの声が聞こえた。


「取り敢えず、頭を上げなさい。その状態だと話せないでしょ」


 顔を上げるのが怖かった。正直エティは怒っていると思ったのだ。これまでの頼みとはレベルが違ったから。

 恐る恐る、ゆっくりと首を動かし、顔を上げた。すると、エティは怒ってはいなかった。が、本気で困ったような顔をして、机に肘をついていた。


「……まったく。これはまた凄いことを持ち込んで来たものね。勿論それは、聖剣がどのようなもので、どのような扱いをされているものなのかわかった上でのお願いなのね?」

「はい。全て承知の上です」


 聖剣ルヴェデュジュール。それは、スリーピア王国が保有する国宝の一つ。100年前に魔王を封印した勇者が使った朽ちることのない聖剣。

 ゲームでは、終盤に仲間の手によって国から届けられる代物で、最後に魔王を撃ち倒すのもこれだ。しかし、魔王がまだ目の前に迫る危機ではない今、そんな貴重なものを持ち出させてくれるはずがない。それも、まだ青二才のライズにだなんてありえないのだ。

 だが、それを全て承知の上で私は頭を下げたのだ。誰も傷つかない方法はこれしかなかったから。


「なんでそういうことになったのか、経緯はひとつも話せないの?」

「……はい。申し訳ございません」

「でもね、国宝だし、理由も無しで貸し出しってなるといくら私の立場でも難しいのよ。何か、言えそうなことはないの?」


 困った。考えてみればその通りだ。

 しかし、本当のことを言うわけにはいかない。ゲームで得た知識を言ってしまえば、この世界にどういう影響が出るかわからない。

 もっともらしい理由を作りだそうにも、口が動いてくれない。膝に置いた手を震わせていると、エティが再び口を開いた。


「別に、大義名分じゃなくていいの。そういうのは私がどうにかするから。でも、その骨組みとなるセルフィの本心みたいなものを知りたいの。私自身としてもね」

「本心……」

「そう。聖剣を何に使いたいのよ?」

「それは──」


 その瞬間、『勇者伝説』のラストシーンが頭をよぎった。魔王を撃ち倒した後、すぐに勇者は姫の元へ戻る。そして、魔王を倒して尚、目覚めぬ彼女のベッドの前で無力に打ちひしがれるのだ。しかし、そこで流した勇者の涙が聖剣に触れ、聖剣が光だす。その光を浴びた姫が目を覚まし、勇者と抱擁するシーンだ。

 そうだ。私はあのシーンに魅入られて……あのときの勇者の人間らしさに心奪われてこのゲームにハマったのだ。


「ライズを本当の勇者にする為よ」


 気がついたらそんなことを口走っていた。


「ライズ君を……勇者……それ、本気で言ってるの?」

「えぇ、そうよ。私はライズなら魔王討伐を成し得ると思っている。だから、一日でも早く、あの子に聖剣を握らせたいのよ」

「セルフィ……あなた本当にブラコンなのね……」 


 エティが自身の身体を抱えながらこちらを見てきた。視線はすごく冷たかった。


「あんたに言われたくないけど、今のところは受け止めておくわ。好きなように言いなさいよ」

「そう言われると面白くないでしょ、まったく……。わかったわよ」


 心底面倒臭そうな顔をしながらエティはそう告げた。


「え!? それって、受けてくれるってこと!?」

「早合点しないの。まだ私が協力することを決めたってだけ。お父様の説得とか諸々のことはまだ残ってるんだからね」

「エティ……」


 エティの優しさに感激のあまり身体が動いた。勢いよく席を立った足はいつの間にか彼女の方へ寄っていた。


「ありがとう、愛してるよー!」  


 その言葉と同時に座っているエティの胸に飛び込んだ。


「あー、もう。都合の良いときだけ甘えん坊なんだから」


 迷惑そうな態度ではあるが、エティは私の頭を撫でてくれている。私はエティのこういう優しいところも大好きだ。


「だってエティが優し過ぎるから……」

「何よそれ。まぁ、私は貴方のこういうところ、結構好きだけどね」

「こういうところ?」

「そうよ。現金なのに、感情がわかりやすいとことかよ」

「えへへ。そう褒められると照れるなぁ」

「別に褒めてないんだけどね」

「えぇ……」


 不服の声を漏らすと、エティはくすっと笑った。私はなんとかまだ彼女の親友でいられるらしい。


「でも、なんで協力してくれるの? 自分で言うのもなんだけど、私、結構ふざけたことしか言ってないよ?」

「そりゃあ、唯一の親友の為だから……って言っても納得してくれないわよね?」

「そりゃまぁ、それだけじゃ済まないお願いってことは自覚してるからね」

「まぁ、少なからずそういう信頼関係がものを言ってる部分もあるのよ? セルフィ以外からのお願いだったら絶対に断ってるし」

「エティ!」


 エティの胸に抱えられた顔をぐりぐりと捻る。私なりの精一杯の愛情表現だ。


「こらこら。高名な家の令嬢がはしたないことしないの。明日成人するんでしょ?」

「はい……そうでした」

 

 エティから少し離れて、詫びの礼をすると、彼女は苦笑して脱線していた話を戻した。


「私が協力するって言ったのは、貴方とライズ君をそれだけ見込んでいるからよ」

「私とライズを?」


 エティはこくりと頷いてから続ける。


「昔からの付き合いだけど、貴方が何の考えも無しに馬鹿なことを言い出すような人じゃないってのは知ってるわよ。初めて会ってからの6年間、貴方はまるで未来を見越したように私にアドバイスしてきてくれたものね」

「あ、いや、それは……」

「わかってるわよ。何も言えないんでしょ? でも、それで助けられたのは事実なの。ライズ君の件をとってもそう。下町の5歳の少年を拾って養子に入れ、その少年が剣の才を発揮し、近衛兵の副隊長。きっと、貴方には私達よりも、もっと奥側が見えているんでしょうね」


 奥側……。言い得て妙だ。

 ゲームの知識を用いたその人の未来の予知と、性格の見極め。第三者から見るとそれは超能力のようにすら見えたのかもしれない。

 直接情報を伝えているわけではないが、ひとつの未来が見えるというのはきっともの凄いアドバンテージなのだろう。


「だから、私は貴方に協力するの。貴方に賭けるの。それが、いつか巡り巡ってこの国の為になると信じているから」


 言い切ったエティの顔は自信に満ち溢れていた。それを見るだけで、私達への期待を感じることができた。


「ありがとう」


 頭を少し下げてから、私は自分の席に戻るのだった。


**


「ほんと、エティには感謝してもしきれないわね」


 夜、自室のベッドに横になる。

 煌びやかな装飾の施された、女の子なら誰もが羨むような寝台だが、既にそれは当たり前になっていた。

 これだから『慣れ』ってのは怖い。


 慣れが怖いという意味では、明日の式典だってそうだ。エティとは親友以上の関係を築けたし、それ以外にもちゃんと気配りしてきた。

 誰かに恨まれるなんてことはないはず。そういった安心感が私を鈍らせるのだ。国外追放は無いとしても、他の選択肢を考え、全てに警戒する心

は捨ててはいけない。

 それだけじゃない。聖剣の件が上手くいきそうな今、『もうひとつ』のことや、魔族の侵攻のことも考えなければならない。


「あぁ〜。頭が痛いわ……」

 

 貴族の振る舞い。勇者(ライズ)のこと。魔王のこと。世界のこと。

 考える事が多すぎて頭がパンク寸前だ。

 そもそも、ただの女子高生に世界の命運なんて明らかに背負わせすぎなのだ。

 でも、休ませてくれとも言ってられない。私は絶対に、『平穏な未来』を手に入れるんだ。その為なら私は──


 ──なんだってする。


 そう決心したときすでに意識は薄れ、いつの間にか私は眠りについていた。

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