第5話 王女様とのティーパーティ(前編)


「セルフィリアお嬢様、宮廷に到着致しましたよ」

「へ?」


 御者の声ではっとした。

 どうやら思い返しているうちに眠ってしまっていたらしい。


「あ、あぁ。わかったわ。帰りは宮廷の方に依頼してるから、貴方は私を下ろしたら帰っても大丈夫よ」

「承知致しました」


 胸に手を当てお辞儀をし、御者は私が馬車を降りるのを手伝ってくれた。


「では、楽しい時間をお過ごし下さい」


 そう言って御者は馬車に乗り込んだ。馬にピシッと鞭を当てると、馬車は再び動き出した。

 それを見届けるまでもなく、宮廷を振り向くと、足音と共に大きな声が聞こえた。


「セルフィ! 来たのね!」


 駆け寄ってきたのはエティだった。そのお転婆具合に使用人たちは困惑している。

 私の前だけにあれだけ言ったのに、まったく。関係者以外に見られたらどうするつもりなのか、という心配と共に、それだけ私に心を許してくれているという喜びが湧いた。


「はい。エティ様、謁見の機会をいただきましてありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願い致します」

「そんな他人行儀みたいなのやめてよ。私とセルフィの中でしょ?」

「いやいや、これでも崩している方ですので。誰かに見られている状況ではこうする約束でしたよね?」

「それはわかってるけど……むぅ」


 膨れるエティの顔を見て、顔が緩んだ。

 本当に、表情豊かになったものだ。王族としてそれが良いことなのかは置いておくとして、こんなに美少女なのに笑顔が固いなんていうのは勿体ない事この上ないからね。


「ほら、じゃあ早く中へ入りましょう? 色々と話したいことが溜まっているの」

「わかりましたから。はい、ではお邪魔させていただきます」


 すれ違う警備兵や、使用人に会釈しながら私はエティの部屋へと向かった。

 


「これは……なかなか凄いのを用意しましたね」


 部屋に入ると、大きなテーブルに、2つのティーカップと、大きめのアフタヌーンティースタンドが置かれていた。スタンドには見たこともないようなお菓子がずらりと並んでいる。


「そうなの。楽しみすぎて、色んな地方のお菓子と紅茶を取り寄せたの。本当に心待ちにしてたんだから」


 部屋の扉がしっかりと閉まっているのを確認してから、私は張った肩をそっと下ろした。

 エティはあらかじめ気を回しているのかいつも、2人で遊ぶときは部屋に使用人を省いてくれる。


「私の方も楽しみだったわ。久しぶりね、エティ。二月ぶりかしら?」

「やっといつものセルフィに戻った。ほんと、用心深いんだから」

「勘弁してよ、王族に無礼があったなんてことがあったらシュティルナー家全体の恥なんだから」

「本人がいいって言ってるんだから、ほっといてくれたらいいのに……」


 そうはいかないのが貴族社会だ。気品と打算という名の鎖のもとに縛られた殷富の牢獄。それが私達が過ごしている世界だった。


「まぁ、でも今は私達以外誰もいないんだからいっぱい話しましょうよ」

「そうよね! 色々話したいことがあったのよ!」


 そうして私達は茶会を始めた。最初は近況報告から始まり、暖まってきたら他貴族への歯に絹着せない雑言トークが始まった。お互い、他の誰かに聞かれたら十中八九ヤバい内容まで話していたのは、信頼関係の成せる技だったのだろう。


 スタンドに乗るお菓子が殆どお腹の中に収まったとき、私は敢えてソーサーでなく、テーブルに直にカップを置いた。そして、まっすぐにエティの目を見た。


 すると、彼女は、「はぁ」と溜息を吐き、呆れた様子で肩肘をついた。


「で、今回は何? って言っても、どうせ、また例のお願いなんでしょう?」

「察しが良くて助かるわ」

「何が『察し』よ。いつもの貴方の合図でしょ?」


 そう。これは私とエティの間で決めた合図だ。

 親しき中でも礼儀あり。互いの尊重のもと築かれた信頼関係だが、時には遠慮と配慮を完全に捨て切ることも必要だ。そんなときにすると決めたのが、さっきの合図だ。

 非礼の先取り。『今から非礼を承知で話しますので、どうかそちらもそれ相応の対応でお聞きください』の意だ。先にティーパーティのマナー違反をすることでそれを示し、相手の気分を保つという効果がある……のだが、これをしたことがあるのはまだ私の方だけだ。


「実は、またライズのことなんだけど……」

「それはわかってるわよ。セルフィがいつもこうしてお願いするときはいつもライズ君のことだもの」


 そう。エティに何か頼むときは基本的にライズのことだった。公爵令嬢の私でも、流石に宮廷仕えの職人を動かすことはできない。

 王家直属。それが宮廷に仕える者の義務だった。

 それでも、私は魔法の教育の他、衣服や装飾品についても、ライズには国内で一番の物を用意したかった。それで手を貸してくれたのがエティだった。

 正直、国のトップに手が届くことはないと思っていた。ところが、愚痴程度に溢した言葉に手を差し伸べ、エティは拾い上げてくれた。

 最初は確か、ヘアスタイリストだったと思う。彼女が話を通してくれて、家で散髪されているライズに思わず涙を流したものだ。

 それからというもの、ちょくちょくエティにはライズの手入れや訓練に対して協力してくれている。

 今回もそれのひとつだった。もっとも、事の大きさがこれまでとは違うのだけれど。


「いや、でも……なんて言うべきか……」

「何よ、セルフィらしくない。いいから言ってみなさい」

「だって、今回のはいつものお願いとはレベルが違うから。エティに嫌われないか心配で……」


 言葉の途中でようやく自分の気持ちを自覚し、驚いた。だってこれは心の底から出た本心だったからだ。いつの間にか私は、こんなことを怖れるほどに、エティとの関係を、エティ自身の事を大事に思っていたのか。


「まずは聞いてみないことにはわからないでしょう?」

「でも……」

「はぁ……しょうがないわね。」


 言い淀み続ける私に痺れを切らしたのか、エティはまたも溜息を溢した。

 そして、両手を自身の膝元に戻した。


「先に断っておくけど、これをさせたのはセルフィの方だからね」

「へ?」


 私が困惑していると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「今より、私、エティ・スリーピアからセルフィリア・シュティルナーに勅令を奉じます。私に頼みたいことを正直に、そして簡潔に伝えなさい。断れば王族に対する反逆行為と見なします」


 瞬間、茶会の空気が一気に冷え込んだ。


 やられた。まさかここで国家権力を使ってくるとは。

 確かに私が言い淀んだ時、いつも彼女は冗談交じりにこういう事をしてくるが、今回ほど本気を感じるのは初めてだった。

 ここまで言われてしまえば、答える他ない。国外追放なんて御免だしね。


「わかった。言うからこの空気感はもうやめて。心臓が持たないから」

「わかってくれればいいのよ。私だってしたくてしたんじゃないんだから」


 私は2度深く深呼吸をして再び口を開いた。


「単刀直入に申し上げます。エティ様、私の弟、ライズ・シュティルナーに聖剣ルヴェデュジュールの貸与、及び使用の許可を頂きたいのです。期限は5年。理由は今は言えません」


 机に額が付きそうなほど頭を下げた。

 まるで、その責任を頭の上に乗せるように。

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