第3話
大量に出された夕食は無事完食し、汚れた食器をシンクに置いていく。
久しぶりに大食いしたせいで、ほんの少しお腹が痛い。
ギュルルルと胃が悲鳴を上げる。
「お風呂ありがと。湯加減サイコーだった」
頭上に湯気を漂わせた誠夏がリビングに登場。
真っ白な太ももが丸見えのショートパンツに、腹筋を露出した白Tシャツ。
さっきまでの私服と打って変わって薄着の格好で堂々と目の前を歩く。
「姉貴、どした?ボクの顔に変なモン付いてる?」
「いや、ううん‼全然何も付いてない。付いてないけど……」
彼女には失礼だが、これは目に毒だ。
胸の奥底で鳴りを潜めていた肉欲が喉元まで駆け上がり、呼吸が荒くなる。
今の私をサーモグラフィで見たら、全身真っ赤に染め上がっているだろう。
「姉貴……?」
我を忘れて見惚れているとキョトンと小首を傾げられた。タオルで濡れた頭を拭きつつ、訝しげにこちらの様子を窺う。
「ゴメン、なんでもない‼今日はホントあっついねー‼暑すぎて熱中症で死にそう‼」
「う、うん……?」
私は慌てて適当に話題を振り、自分の醜態を誤魔化す。
かなり不自然な感じになったが、なんとか強引に切り抜けたようだ。
「このソファー座っていい?」
「どうぞ、どうぞ‼」
誠夏は私から視線を外し、ソファーに腰を下ろす。
背もたれに体重を預け、ゆっくりくつろぎ始めた。
「ご飯美味しかった?」
「えっ、うん。めっちゃくちゃ美味しかった。マジで三ツ星級」
「そう?ならよかった」
「誠夏ちゃんがあんなに料理ができるなんて知らなかった。いつから花嫁修業してたの?」
「高校生になってから」
「もしかしてお弁当を渡してあげたい彼氏とかいたりして?」
「いない」
「彼女は?」
「いない
「好きな人は?」
「いない」
何を訊いても無表情で「いない」の一点張り。心底つまらなそうにスマホの画面を眺めている。
昔より素っ気ない態度が悪化した。なんだか調子が狂う。
「なんかゴメン」
「何が?」
「夕食の準備とか、部屋の掃除とかイヤだったでしょ?」
「別にイヤじゃなかった」
「はいダウト。ずっとイヤそうな顔してるもん」
「イヤそうな顔してない。これ普通の顔」
「そうかな~?」
五年も会ってなかったせいか、彼女との絡み方が分からない。どこかぎこちない感じで話が進んでいく。大変気まずい。
「ムリに話そうとしなくてもいいよ。そういう気遣い要らない」
「はい、すみません」
しまいには、こう言われた。
上手く話題が広がらず、ここで会話が途切れてしまった。
時計の秒針が動く音だけ虚しく響く。
「なんか映画でも見る?」
「突然どした?」
「いや。なんとなく、一緒に見たいなーって」
久しぶりの再会だというのに、何もしないのは勿体ない。
テレビの下の棚に封印されたDVDを引っ張り出す。
「サブスクで見ないの?」
「ここにあるDVDはほとんどサブスクにはないヤツだから」
「ジャンルは?」
「ホラー」
「前見たことあるヤツじゃない?」
彼女の言う通り、私が引っ張り出してきたDVDは二人とも視聴済み。
リビングで一緒に見た記憶がある。
「いいじゃん、いいじゃん!もう一回見よ‼」
「イヤ」
「なんでさ?」
「たしか全部ホラーでしょ?」
「うん」
「なら結構」
誠夏はこう見えてホラーが大の苦手。
決して表情には出さないが、よく手元をブルブル震わせて怖がっていた。
「まだホラー苦手な感じ?」
「別に苦手じゃないけど、わざわざ好き好んで見たくない」
「そんなつれないこと言わずに一緒に見ようよ」
「イヤだ。そんなに見たいなら勝手に一人で見れば?」
「それはムリ。もちろんホラーも見たいけど、誠夏ちゃんの怖がってる反応も見たい‼」
「相変わらず趣味わるい」
誠夏は眉間にシワを作り、こちらにジト目を向ける。明らかにイヤそうな顔だ。
「ホラー苦手じゃないんだったら、見れるよね?ね?ね?ねぇ⁉」
「はいはい、わかった。見てあげる」
「よっしゃー‼」
思わず年甲斐もなくガッツポーズ。たかが一緒にホラー映画を見るだけで大喜びする。
彼女からの冷たい視線が痛い。
「この感じ、なんだか懐かしいなー。昔はこういう押し問答、何回もあったよね?」
「そうだっけ?もう忘れた」
ホラー映画を一緒に見る、見ないで揉めていたあの頃を思い出す。
最初こそ頑なに拒絶するが最終的に私の押しに負けてしまう。これが定番の流れだった。
「ちなみに何分ぐらいのヤツ?」
「二時間ぐらいのサイコサスペンス」
「血がブッシャーするヤツ?」
「そう。血がブッシャーするヤツ」
私が色々準備している間。
誠夏はソファーに置いてあったクッションを抱き、静かに顔を埋める。
「そもそもサスペンスとか何回も見るもんじゃなくない?犯人分かるじゃん」
「ただ犯人を捕まえるだけがサスペンスの見所じゃない。犯人に行き着くまでの過程が一番の醍醐味なんだ。何回も何回も見て隠された伏線を見つけていくのが本来の楽しみ方なわけ」
「ふーん」
興味なさそうな返事をして、再びスマホに視線を落とした。
ソシャゲーでもやってるのか、慌ただしく指を動かす。
「ほらほら。スマホなんか見てないで、映画見るよ」
「はぁ……」
本日三度目の深い溜息。
大人しく机にスマホを置いて、テレビがある正面を向く。
■■■
「——いや~、ほんと何回見ても飽きないスルメ映画っすわ~‼」
映画を見終わり、時計を確認すると時刻はもう丑三つ時。
窓の外は夜も耽り、フクロウの鳴き声が申し訳程度に聞こえてくる。
「どう?久しぶりに見終わった感想は?」
「別に。普通」
「普通以外で」
「見飽きた」
興奮を共有しようとしたが、素っ気なく短い感想しか返って来ない。
退屈そうに足を組んでソファーにふんぞり返る。
「てか今日は全然怖がらなかったね」
「もう何回も見てるから耐性が付いた。あと怖がる年頃じゃないし」
「そっか。もう16ちゃいだもんね~」
「その“ちゃい”ってなに?キモイんだけど」
「頭ヨシヨシしていい?」
「急になに?普通にやめて」
「ひっどー。昔は素直にヨシヨシさせてくれたのに~」
「だからこっちは大人だっつーの」
反射的に彼女の頭に手を伸ばそうとしたが、強めに振り払われた。
私とひと席分距離を取り、鬱陶しそうにこちらを睨む。
「そういう絡み方ウザイ。イライラする」
「ゴメンなさい。調子乗りすぎました」
彼女と暫く一緒の空間に居て、緊張が解けてきた。
昔の感覚を取り戻し馴れ馴れしくスキンシップを試みるも、酷く嫌われてしまった。
ソファーから立ち上がり、私に背を向ける。
「明日朝早いから先に寝る」
「どこで寝るの?」
「おばさんの寝室。使ってもいいって」
「そ、そうなんだ……」
映画の余韻に浸ることもなく、淡々と二階へ上がっていった。
なんだか前より塩加減が増してて心が痛い。
「完全に嫌われてないといいんだけど……」
ボソッとそうぼやき、仰向けの状態でソファーに寝転んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます