第4話 存在しない児童

 4週間ほど前。



 ピーンポーンパーンポーン……


「6年1組の利倉りくら詩織しおりさん、5年3組の間瀬ませ拓真たくまくん。昼休みに図書室までお願いします。繰り返します——」


 給食の時間中に入った放送は、図書室に常勤している綿谷わたやからのものだった。



 ——昼休み、図書室。


 集まった2人に対して、綿谷わたやは慌ただしい様子で話した。


「2人とも、急に呼び出しちゃってごめんね〜」

「いえ」

「大丈夫ですけど、どうしたんですか?」

「ちょっと今から外に出ないといけなくて、昼休みは図書室にいて欲しいの」

「「分かりました」」

「ありがと〜。受付の仕方は先週教えたから大丈夫よね?」

「はい」

「大丈夫です」

「ちなみに、放課後には戻ってるから委員会活動は普通にあるので帰らないでね!」

「「はい」」

「じゃあよろし、あっ、忘れてた。今日中にやっておきたいことがあるから、貸出し期間を過ぎてるのに受領印が無い図書カードをまとめておいて欲しいの」

「分かりました」

「先週の金曜に借りた人のも入れますか?」

「……そうね。もしかしたら放課後に返却されるかもしれないけど、一応お願いします」

「はい」

「じゃあ2人ともよろしくね〜」


 綿谷はドタドタと音を立てながら図書室を出た。


「間に合うのでしょうか?」

「まぁ何とかなるんじゃないですか?」

「ふふっ、そうですね」

「じゃあ、さっさと終わらせてゆっくりしましょう」

「はい」


 2人はカウンター内に入って作業を開始した。


「私が4、5、6年生の分をやりますので、間瀬君は1、2、3年生の分をお願いします」

「はい」


 2人は学年ごとにクラス別で分けられている貸出し中ケースから、それぞれ担当する学年の図書カードをごっそり取った。


「結構ありますね」

「ですね……」

「昼休みの間に終わるでしょうか?」

「集中すればいけますよ」

「そうですね。頑張りましょう」

「はい」


 2人は無言で図書カードを分け始めた。

 図書室には他に誰もいないため、図書カードが擦れる音や2人の息づかいが、静かな空間に少しだけいろを足していた。


 並んで作業する2人の姿は、カウンターの外から見れば夫婦のそれだ。ただ、当人たちにそんなことを気にする余裕はなく、工場で仕分けをするロボットのような動きを続けるだけだった。

 綿谷なら確実にからかう状況だが、それだと無駄に時間が掛かっていたので、いなくて正解だろう。



 昼休みも残すところあと7分。

 2人の動きはぴたりと止まった。


「終わったー」

「間に合いましたね」

「こっちは合計で10枚です」

「こちらは8枚でした」

「18人も期限を守ってないのか……」

「思ったより多くて少し驚きました」

「先週の金曜に借りた数人はまだ間に合うので、放課後どうなるかですね」

「そうですね……」

「あの……申し訳ないんですけど、予鈴が鳴るまで寝てても良いですか?」

「ふふっ、大丈夫ですよ。私は本を読んでますので、対応も任せてください」

「すみません、ありがとうございます」


 予鈴が鳴るまで誰も来なかったため、2人は自分だけの時間を過ごした。


 ***


 放課後。

 図書委員会が発足してから2回目の委員会活動が始まった。


「改めて、2人ともお昼はありがとね〜」

「いえ」

「大丈夫です」

「で、今日の活動内容なんだけど、本棚の整理をお願いしたいです」

「それだけですか?」

「ええ、今日は頑張ってもらったから」

「分かりました」

「私は小部屋で作業してるから何かあったら言ってね〜」

「「はい」」


 3人は別々で作業を始めた。

 小部屋に入った綿谷はパソコンを起動し、2人がまとめた図書カードをチェックしている。


「18枚か……思ったより多いわね〜」


 これから始まるのは、貸出し期間を守らなかった回数を確認することだ。2回目までは返却時に注意するだけで終わるが、3回目からはペナルティを課すことになっている。


「あっ、またこの子か〜。これで3回目だわ……」


 ペナルティの内容は、最初は1週間、次は2週間というように、貸出し禁止期間が1週間ずつ増えていくことだ。回数が増える度に借りられない期間が長くなる厳しい罰だが、蔵書数の多いこの図書室では管理が大変なので仕方がない。


 ——数十分後。


「ふー、これで最後ね。——検索っと……えっ?」


 綿谷は何回か検索を試したが、結果は変わらなかった。

 何度か大きなひとごとが聞こえてきたため、拓真と詩織は気になって小部屋に入った。


「先生、何かあったんですか?」

「うぅ、2人とも助けて〜。この図書カードに書かれた児童が変なのよ〜」

「変?」

「学年、クラス、名前、何も間違ってないでしょ? それで検索しても……ほら! おかしくない?」

「確かに」

「本当ですね」


 パソコンの画面には、


【該当する児童は存在しません】


 と表示されていた。

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