絶望的な持久戦

 奴は…薄い髪色をしている少女になっていた。人間は本能的にこういった少女には敵対心が向けにくい。

 しかし、してくることは攻撃だ。俺を狙う魔法の威力は際限なく大きくなっていく。球の大きさや速度が上がっている。


「キッツ…」


 俺の右腕が飛んだ。痛覚なんてものはもう感じない。それにもうそこからは腕が生え始めている。しかし、再生が遅くなっている。それは奴の攻撃を受けるデメリットがより大きくなるということでもある。


 やるか。俺の体もきついものがある。対人戦は苦手だがやらねばならない時もあるのだ。


「すまんが、死んでくれ。」


 首を狙う。流石に敵だとしても人の形をしたものに手を下すのは嫌なものだ。

 だがそんな程度で躊躇うことが出来るほど、D社は楽な職場ではない。


 槍を突く、が弾かれる。防御魔法の類いであろうか。もしもそうならば上から叩き潰すことが出来れば問題ない。

 だが現実はそう甘くないようだった。同じところを狙ってもう一度槍を突く。

 しかしこれも弾かれ、奴は俺に攻撃を加えてくる。魔力が体を蝕んでいる現状、武器に魔力を込めることで、武器の力を強めながら、体力の消耗を一時的に凌ぐことは出来る。だが問題を解決できたわけではない。実際に今の俺は武器の力を半分も引き出すことが出来ないほどに衰弱している。そんなボロボロの体で奴の魔力からなる壁を破るのは困難だ。

 無力感が込み上げてくる。勝てるのか?そんな疑問が頭に浮かぶ。止めとけ。そんな考えは捨てろ。どっちにしろ、死ぬんだ。だが、ネガティブな思考は止まってくれない。


 得策ではないのは分かっているが、一度距離を取り、時間をかけて交戦する。時に魔法を織り混ぜ、その次の瞬間に近接戦に持ち込んだりする。しかし特にこれと言った一撃を入れることが出来たわけでもなく、俺はジリ貧になっていく。


「…あれ?」


 避けたはずの火の矢がいつの間にか胴体に突き刺さっている。反応できなかった。目では確実にとらえたが、体がそれに付いていくことが出来ていない。先程の攻撃で空いた穴は少しずつ治っていくが、最初ほどの治癒力は残されておらず、痛みが続く。


「はぁ…はぁ…」


 いよいよ本格的に不味くなってきた。こっちの体力は放置しているだけでどんどん減っていく。その上相手への攻撃手段は無い。


 俺の居るところに火球が飛ばされる。もう回避行動もまともに出来ない俺はそのまま直撃し、意識を失う。と思われたが、予想外なことにその魔法は暴走し、魔法を撃とうとした奴のそばで爆発する。

 よくよく考えてみたら周りの空間にはヒビが入っており、見るからに不安定だ。そこで魔力量が飛んでもない奴が魔法を撃てば、結果は今回見た通りだろう。


 だんだん空気中の魔力が大きくなってきているのだ。時間をかけることさえできれば、奴の魔法はただの自爆スイッチと変わらなくなる。

 つまりは耐えれば良いわけだ。持久戦。それが今一番勝てる道。そして、現実味の無い道だ。俺の体は持って…30秒かそこらだろう。

 それで持久戦に持ち込むのは不可能だ。

 

 死にたくない。いまさらそんな人らしい考えが頭によぎる。黙れ。今考えるべき事はこんな事ではないはずだ。精神汚染か?確かに奴から放たれているオーラは味方が狂ったときの闇に近いものを感じる。人への変身といい、どこまでいっても姑息な奴だ。

 はあ、自分の感情くらいコントロールできる。そんなことも出来ない人間がこの会社に居座るのは、結構きついからな。


 目の前まで奴の魔法攻撃が来て、爆発する。もう奴の攻撃はほとんどが制御不能に陥っている。だがそれに比例して爆発の威力も上がっていっている。奴の防御魔法も無限ではないと思うが、いまだ削れた様子は見えない。

 

 深呼吸して自分を落ち着ける。

 …どうせ俺は死ぬ体だ。こうしてまともに思考する時間すらほとんど残されていない。

 それに、負けることは出来ない。ならば勝てる可能性にそれがごくわずかでも、賭けるしかない。

 身体中の魔力を一点に集める。頭痛がする。目の前がぼやける。音が聞こえない。だが、意識だけが働いていれば問題は無い。なんといっても魔力だけは残っている。この魔力が今1番の勝ち筋で、今1番俺を苦しめている存在でもある。

 体に残っている汚れた魔力を貯めて、貯めて、弾けそうになるまで貯める。そしたらそれを体外に出す。


「そろそろ、熱くなってきた…な?」


 後輩が言っていた。空気の魔力を触媒にする感じで…

 俺は渾身の火球を飛ばす。それはまるで綺麗な星のようで、見ていると吸い込まれそうになるほど、儚く、強い光を放っている。しばらく奴に向かっていったその魔法は炸裂し、連続で爆発する。周りの魔力を巻き込み、さらに大きくなりながら。

 奴の防御を破ることは出来たのか?そもそも奴に魔法攻撃が効くのか?もうその結果を目にすることは出来ないだろう。

 目の前でまた一度爆発が起こり、火花が飛びちる。

 はぁ、熱い…のか?もうその感覚を味わうには、少し体が無茶をしすぎたみたいだ。


 ほら言っただろ?D社はブラックなんだって。ただ、まあ、やりがいはあるな。

 

頼むから死んでくれ。もし死ななければ、後輩に怒られてしまう。

 そうして俺は地面に倒れた。

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