大量発生
「うぐぁぁ…」
転移直後の吐き気を耐えながら窓から外に目をやる。そこには今回の制圧目標であるダンジョンに向かって次々と車両がやってきており、銃で武装した警官隊が配備されている最中だった。
ダンジョン出現に伴い銃の規制は大幅に緩和されたものの、通常の銃は認可された所で認可されたものしかつくることができない。そのため、銃は非常に高価なものになっている。さらにその上弾薬代だけでもとんでもなく高いため銃は貴重品になっている。銃を持った警官隊は重要な戦力だ。
そういえば今回の大量発生がどんなものなのかを聞いていない事に気づく。
通常、大量発生とは何種類かに分けることができる。例えば何らかの突然変異種が指揮をとっている場合や、ダンジョンの環境が絶妙に噛み合って起こる自然的な大量発生もある。
まあ今考えても仕方がないため、外に出て状況を聞くとしよう。
ダンジョンの入口付近は立ち入りが規制されており、一般人が中に入れないようになっている。この規制テープには特殊な魔法が付与されており、認可された者だけが通ることができる仕組みがなされているとかなんとかという噂だ。実際現地に入ろうとしていた人は強制的に外に転移されていた。
そんな光景を見ながら進んでいくとうちの職員がいた。
見た目はスーツとDの腕章を付けただけのシンプルなデザインだが、スーツは魔力で薄い壁を作る効果があり、物理攻撃に強くなっている。腕章は精神汚染に多少抵抗する事が出来る。
「お疲れ様です。」
「うん、状況は?」
「リザードマンの大量発生です。恐らくリザードマンが突然変異し、指揮をとっていると思われます。」
リザードマン、通常はCの上級エリアなんかに湧くモンスター。詳しい状況を聞いてみると中級エリアで主に増えており、今は初級エリアの防衛で手一杯とのことだった。
正直冷や汗がする。リザードマンは中堅社員が足を掬われる主な原因の1つだ。まだ駆け出しだった頃、俺の先輩も3人位が殺されていた。
そんな大変なことになっているのなら、一般会社員の俺は初級エリアで防衛にまわって、侵攻は貴重な銃器を持っている警官隊にお任せしようかね。なんて考えていると、今最も来てほしくない人物が来てしまった。
「じゃあダンジョンの侵攻は私と先輩が行きましょうか?」
そう、俺の可愛い可愛い後輩である。戦闘する気マンマンといったように片手には杖が握られており、前に俺が作ってやったペンダントのお守りも着けている。
主に精神汚染から身を守る為のものだが、いざというときの為に着用者の生命に危険が及んだ場合、自動的にダンジョンの外に転移する機能を盛り込んだ逸品だ。
ペンダントを着けてくれているのは嬉しい限りなんだが、それでもやっぱり戦いたくはないんだよなぁ。
「勝手に決めるな。なぜ俺まで巻き込む。」
「私たち以外のどこに適任がいるんですかね?」
「ほら、警官の皆さんがいらっしゃるだろう?」
「ダンジョンの事についてならD社のクラス5職員の方が強いと思うんですけど。」
クラス、うちの会社はなんとブラック企業には信じられないことに、まともな昇進制度まで存在していて一番最初は1、そして最終的にクラス5になる事が出来る。ちなみに後輩はクラス4である。
まあ後輩が来たらこうなるだろうなということは容易に想像できた。後輩は基本間違った事は言わない。だからこそ後輩には来てほしくなかったんだが。
「警察からも支援部隊が来るらしいですし。」
「…ならうちの社員もかき集めるか、リザードマンはかなり面倒な相手だぞ。」
こうなってしまったら自分で中級エリアに行くしかない。にしてもリザードマンかぁ。あいつら、頭が切れる癖に単純な力も強いんだから手に負えんよ、まじで。
とりあえず対策本部でダンジョン侵攻における指揮権を付与してもらう。といっても乱戦が予想され、俺は突入するタイミングと撤退するタイミングを指示するだけに過ぎない。
後輩が警察と話をまとめている間に今回の大量発生の概要と、もう夜も遅いため今夜ダンジョンに突入する準備を行い、明日の朝に突入という指示を社内トランシーバーで行う。
その辺の事を終えたら次は自分の装備を確認する。
この槍は俺がクラス5になった時に支給されたもので、中に魔石が埋め込まれており、戦闘時にはそいつが武器と共鳴して莫大な力を生み出すことができる。
今回の敵はリザードマンのため、物理攻撃しかしてこないものの魔石の効果で精神汚染にもある程度抵抗ができる優れものだ。
装備の点検をしていると後輩がやってきた。
「今回の大量発生は結構深刻みたいですよ。」
「深刻だろうとなんだろうと言うことはいつも同じだ。死ぬなよ。」
「私は死にませんよ?」
「慢心した奴から死んでいくんだけどな。」
「だって先輩が守ってくれますし。」
「人任せは一番してはいけないことだ。」
「時には仲間を信じることも必要って、これ昔に先輩が言ってた事ですよ?」
「はぁ…」
先輩からもらったペンダントもありますし。
なんて喋っている後輩を見ていると緊張感がほぐれてくる。あまり味方と仲良くなるのは任務の邪魔となる事もある。もし俺は後輩が殺されれば冷静な判断は出来なくなるだろう。だが、それでもやはり仲間がいるのは良いものだ。
「…聞いてますか?先輩?」
「聞いてたよ、これ終わったら寿司だろ?」
「何一つ合ってないんですけど。」
そんなこんなを経て、2人で装備の点検を終わらせたら、明日に向けて対策本部で寝させてもらう事にした。
翌朝、外にはどんどん人が集合していた。突入開始まであと数分。大量発生はその特性上、多くの人が死ぬ。皆ある程度の覚悟はしているだろうが、出来れば指揮権を付与された者として皆を家に返してやりたい。だがそんな人の心を持っていたら任務が些細なことで止まってしまう。時には人の心を捨てることも大事なのだ。
それでも、1人でも多くの人が生きて帰ることが出来るように。これは実戦だ。それだけ祈って俺はトランシーバーを握った。
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