家に帰るまでが業務です

 帰りの道中、ゴブリンには出会わなかったものの、スライムの群れと遭遇した。スライムはその性質上、物理攻撃が魔石を壊す程度しか通用せず、魔法持ちがいない現状は面倒な相手だ。

 しかし戦闘能力は低級くらいならゴブリンと比べ物にならないくらい弱いため、しっかりと対処法を押さえれば問題ない。


 半透明の体の中にある魔石を壊して進んでいく。そうすると一際大きな中級個体が出現した。中には人の骨が入っている。近くに会社支給の杖が落ちているところを見るに、恐らく逃げ出したサポーターが喰われたのだろう。

 タンクが後ろで腰を抜かしている。さらにアタッカー2人もパニック寸前といったところだろう。その瞬間、サポーターを喰ったスライムが粘液をこちらに飛ばしてくる。体勢を立て直しながらタンクが盾で防ぐと、一瞬のうちに盾はスライムに覆われた。中級以降のスライムはこれが厄介なのである。今回は生物ではなかったが、スライムは他の生物をコアにして眷属を増やすことが出来るのだ。


 これ以上被害を増やすわけにもいかないため、俺は中級スライムのコアを破壊する。そのままスライムは地面に溶け込んでいき、残ったのは人骨だけとなった。なんとか盾についていたスライムも剥がれて、消え去ったようだ。


「物理攻撃しかない現状はコアを壊すしかないがこれでは魔石が落ちない。そのためスライムは出来る限り魔法で倒したほうがいいな。」


 スライムは魔力量が多いため同等の他の魔物と比べると魔石の質が良い。だがそれは生半可な魔法では吸収されてしまうということでもあり、その魔力量を逆手にとってスライムそのものを魔法発動の触媒のようにしてやると効率良く倒せる、らしい。この辺は後輩から教えてもらったことだ。


 その後は危なげも無くスライムの残党を処理し、出口に到着する。


「今日は始めての実戦で慣れない事も多くあったと思うが、まあ結構良かったぞ。死者も出たが、肝心なことは今ある命を守ることだかはな。自分と、仲間が次は死なないように訓練すること。」


 これで挨拶を締めくくり、解散とした。最初は5人いた新入社員も3人に減り、各々が重い足取りで帰っていった。


「さて、と出ておいでー」


「やっぱり先輩は気づくんですよねぇ。」


「そりゃな。」


 通常湧きにくいはずの場所にちょうどいいくらいのゴブリンが3匹、そんなご都合主義な展開が自然に起こるはずもなく、後輩が魔力の流れを調節して誘導していたのだ。


「手伝ってくれて感謝するよ。」


「2人死なせてますからね?」


「まあ少ない方だな。」


「報告書は手伝いませんからね。」


 問題ない。元よりそんな面倒な仕事は…手伝ってほしかったな…まあいい。あのチームは欠員を補充するまではダンジョンに行くことはできないし、そうなればしばらくは暇になる。そしたら上手い飯でも食いに行くことが出来るのだ。

 というかこいつも傍観決め込んでるじゃねぇか、しかも俺より。


 その後後輩と別れた俺は本部にある自分の机に戻り、報告書を書き始める。

 えーと行ったダンジョンは、E23と。ダンジョンは広い箇所に複数存在しており、アルファベットと数字で区別されているどれくらい強いのかがAからEで表示され、番号は識別用のものだ。で、死んだ奴は、遠距離アタッカーとサポーターで。


「名前…なんだったかな。」


 まあとりあえずプロフィールを貼っとけばいいか。その他必要な書類を揃えて今日の業務は終了。今日は何事も無くはなかったが、なんとか終わった。と思っていたタイミングで後輩から連絡が入った。


 C15で魔物が大量発生。現地の警備会社が事態の収拾に当たっていますが先輩も現地に行ってください。


 うちの会社の基本業務は魔石の収集なのだが、ダンジョンに潜って戦闘を行うためこういった戦闘要員が必要な場合、出征要請が来る場合もある。むしろ自分の方から警備会社を立ち上げたり、他の所と協力して訓練をしたりと、周辺地域における対ダンジョン戦闘能力の向上に一役買っている。


 やっと仕事が終わったと思ったタイミングで舞い込んでくる仕事ほど殺意が湧くものもない。


 しかし事態は魔物の大量発生。これはそのダンジョンが危険になって魔石の供給が安定しなくなるだけでなく、下手をすればダンジョンの外に出ようとしてくる場合もある。こっちの空気は魔力が少ないため連中の力はかなり落ちるが、無理矢理外に出てこようとするため、空間の歪みが大きくなり、その後定期的に魔物が出現するポータルのようになってしまう。

 最悪の場合には地上に適合する奴まで出てきた事例がある。たちの悪いことに、残念ながら今現在そのポータルの閉じ方は判明しておらず、その付近は居住が困難になってしまう。


「行くか…今から。」


 恐らく向こうで夜をあかすことになるだろうな。そう考えながらC15ダンジョン近くののD社支部に向けて転移陣を起動する。


 転移陣、簡易的かつ一時的に2ヶ所を繋ぐことができるポータルのことである。D社には必ずこれの起動機器が設置されており、俺みたいな魔法に慣れてない奴でも簡単に転移陣を起動することができる。目的地に直ぐに飛ぶことができるためこういった突然の長距離移動には重宝する代物だ。残念なことにこれらの処理には専用の機器が必要で、それが高額なため一般には普及していない。


「転移陣の目的地をC15ダンジョンD社支部に設定しました。注意 転移の副作用として、嘔吐、目眩、一時的な身体機能の低下等の恐れがあります。」


 まあ後は気分が死ぬほど悪くなることを除けば、最高の移動方法だろうな。

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