第1章 

下調べ

 「業務についての資料作成終わりっと。」

 午後、明日の新人研修会に向けた準備を一通り終わらせた俺は、明日の新人研修参加者のプロフィールに目を通していた。

 文字の羅列はいつ見ても頭が痛くなる。


「あー、もういいか。」


どうせ名前なんて覚えても死ぬだけだ。


「先輩いいんですか?」


「別に新人のプロフィールを見ないといけない規定はないだろ。」


こいつは今の後輩だ。かわいい顔してこの地獄みたいな職場ですぐに死ぬ女子…だと思ってたんだがこいつがなかなか長生きしている。今では俺の頼れる部下だ。


「いいんだよどうせ死ぬだけだ。」


 事実、どうせほとんどがすぐに死ぬような職場において名前なんてもの覚えている暇はない。


「でも特技とか、性格とかあるじゃないですか。」


まあ確かに後輩の言うことも一理ある。新入社員は死亡率が高いがそれでもある程度本人の性格などを考慮すれば生存率もあがるのだ。


「まあなんだ、まずは今日の事を考えて準備をしてればいい。明日来る新人たちに、無事に会うことが出来るようにな。」


「はぁ、すぐ論点をずらす。悪い癖ですよ、先輩。」


 やれ、この調子なら一生後輩には勝てそうもないな。





 あの後、後輩に半ば無理矢理新人のプロフィールを見させられ、頭が疲れているが仕方がない。

 この目の前にある森がダンジョンだ。中には俺たちに金を恵んでくれる存在でもあり、俺たちを殺そうとしてくる存在でもある魔物がいる。


「ちょっと…魔力が変わってますね。」


「そうなのか?」


ダンジョンの中には魔力なるものが流れていて、それが人の精神を不安定にさせる物質だそうだ。人の中でも一部それを扱うことのできる奴がいる。そして俺の後輩がまさにそれだった。


「はい、なんだかこう、ギュッと。」


「ギュッと。」


…どうゆうことだ?


「なにを言ってるのか分からないって感じでしたね。あれです、空間の魔力が一点に集中してるんですよ。」


「エリートモンスターか、あとさらっと俺の思考を読むな。」


 エリートモンスター、読んで字のごとく魔物のエリート。問題はそれがどれくらい強いのかだが、多くのエリートモンスターは突然変異によるもののためその環境に適応するだけでなく、巧みに環境を使って攻撃してくる。明日の研修予定地、ここなんだよなぁ。

 かなり面倒だが新人が初日に全滅するよりはましだ。


「じゃあ、行きますかね。」





 森の中に足を踏み入れると途端に多少の倦怠感に襲われる。これはダンジョンの中に入ってすぐの特徴だ。空気中の魔力濃度が外と比べて濃いため、魔力が体に馴染むまではしばらく調子が悪くなるのだ。この現象に慣れていない内はここで吐く奴もいる。


「大丈夫ですか?」


「まあまあだな」


 後輩は魔力がある程度使えるため平気な様子だが、やはりダンジョン内の魔力の流れがおかしいと報告してくる。


 なんとか全身の倦怠感はなくなり、ダンジョンの奥へと歩いていく。ここのダンジョンは森が広がっているような形になっており、気を付けなければ帰ってこれず魔物のエサになることもある。今回は比較的安全なルートの確認をする予定だ。


 ここはまだ出入り口が近いと言うこともあってE級やD級のスライムやゴブリン程度しか出てこない。この辺の魔物が落とす低級魔石はとにかくエネルギーの抽出効率が悪く、エネルギーの総量や保存期間もゴミみたいなものなのでほぼ使い物にならない。

 ただ実力的には新人の相手に最適であり、入社してしばらくはこいつらと戦いづくめになることもある。

 今回は適当に何体か片付けてさらに奥に進む。



 ある程度進み、中級エリアへのポータル付近まで到着した。周りにはやたら多くの中級魔石が落ちている。中級は非常に使いやすいエネルギー源になるため嬉しいことなのだが、この量は異常と言える。


「来ますよ。」


「へいへい、死なないようにな。」


 しばらく歩いた後、落ちていた中級魔石の量がおかしい理由が分かった。今回の目玉であるエリートモンスターだが、見たところ元はオーガだろう。その通常灰色の巨大な体は赤色に染まり、両手は棍棒のように丸く、トゲがついている。顔は醜く歪んでおり、体もあちこちがぼこぼこになっている。

 恐らくはオーガ同士で殺しあって最後の1体が異常な強さになると同時に変異したのだろう。

 奴はこちらを一目見ると素早く距離を詰めてくる。もともとオーガは目が悪く、小回りも悪いはずだがどうやらオーガのわりに貧弱な体つきはスピードに特化しているためらしい。本来オーガはC級だがこいつはもしかしたらB級になるかもしれない。


「お前は下がっとけ。」


「了解です。」


 後輩は魔力を使って前衛を支援する役割だ。

前衛は俺が担当する。通常戦闘時には相手からのダメージを吸収するタンク、相手にダメージを与えるアタッカー、そして味方のバフや相手へのデバフなどのサポーターに分けられる。

 今回はタンクがいないのでアタッカーの俺が疑似タンクとして戦う。


 こちらに突進してきた突然変異オーガは俺に向かって腕を振り下ろす。それを横に飛んで回避すると後ろから後輩の光の矢が飛んできてオーガの肩に突き刺さる。

 横槍によほどお怒りなのか大きく咆哮を上げて後輩に突撃しようとするが、そのための足はもうすでに槍で貫かせてもらった。動きにくそうではあるがさすがにこの程度では止まることもなく、再び俺に腕を振り下ろしてくる。単純な力押しは楽だ。持っている槍で勢いを受け流し、隙だらけの脇腹に槍を突き立てる。そこから後輩が光で出来た刃で両足を切り落とし、上半身でじたばたと暴れるオーガの脳天に槍を突き刺してこれで終わりだ。


「これで終わりか?」


「そうですね、魔力の流れが解消されました。」


「まあ今回はそこまで面倒な相手でもなかったな。」


 ここからはみんな大好き剥ぎ取りタイムだ。

といっても低級の魔物なら死んだ時点で魔石を落としてハイ終わり。なのだが、こういった特に魔力が強い魔物なら死んでからしばらく死骸が残る。その間に適切な処理を施せば時間が経過しても問題無く使用できる。まあ誰もこんな禍々しい赤の皮膚がいるとは考えづらいが剥ぎ取っておく。魔石も忘れずにっと。それらを会社支給のバッグに詰めて終わりだ。このバッグパックはダンジョンという空間の歪みを参考に作られたらしく、容量は無限に近いらしい。


「うっし帰るぞー。明日も早いからな?」


「明日の担当は先輩だけなので私は行きませんからね?」


「えっ、マジ?」


 どうやら明日は明日で大変な1日になりそうだ。明日の仕事が楽に終わりますように。そうして帰宅準備をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る