第6話 特別授業
「アレス様、進捗はどうですか?」
集中を解いた瞬間を見計らってデュークがそう問いかけてくる。
デュークには俺が無詠唱を習得したいことを話していて、時々アドバイスだったりを貰っている。
しかし、無詠唱となるとデュークの専門外らしく、魔法の授業の時間はほぼ俺の手探りの修行時間になっている。
修行と言っても正解なんて分からないので、ただ永遠と無詠唱をおこなっているだけのつまらないものだ。
デュークにも休んでおいていいと言っているのだが、興味があるからと言って離れない。
修行中はその言葉通りこちらをじっと見つめているのでやりにくいったらありゃしない。
まぁいいんだけどね、わがまま言ってるのはこっちだし。
「だいぶスムーズに流せるようになった。あとはイメージだな」
「おぉ、素晴らしい。もうそこまで行きましたか。イメージでしたら私が実際に魔法を使いましょうか?」
そういえば、ここ最近はデュークの魔法を見てなかったな。
魔法の授業の時間はずっと修行だったし、それ以外の授業ではそもそも魔法には触れない。
久々に見てみたいな。
「あぁ、頼む」
「了解しました。では──火の神よ、
3節の詠唱、中級の火魔法だ。
デュークの手のひらから大きな炎が生まれ、目の前にいるはずの敵を焼き払わんと飛び出す。
しかし、敵など居ないと分かるや否や呆気なく霧散して消えた。
魔法のくせに知能があるみたいだ。
──なんて思いもしたが、今はもっと気になることがある。
「……デューク、もう一度頼む」
「はい。火の神よ──」
……やっぱりだ。今の俺には何故かデュークの体内を流れる魔力が見えている。
それだけに留まらず、体外に放出されたはずの魔法が色で認識される。
今までは普通の火と変わらないように見えていたはずなのに、魔法の火が火ではなく純粋な赤色として視界に映っている。
何が起こった?前までこんなことは無かったのに。
……いや、それにしても……──
「──デューク、お前なんか魔力の放出量多くない?」
「ん?……魔力の放出量?急にどうしちゃったんですか…………まさか!いやそんな……」
デュークの魔力の流れを見ていてふと思ったことをポロっと言ってしまったのだが、デュークが何やら考え込んでしまった。
「お、おいどうしたんだデューク?何か変なこと言ったか?」
「……あの、アレス様。もしかして、今僕の体を流れてる魔力が視えてますか?」
「え?あぁ、そうだけど……なんで分かっ──」
「──こっ、これも赤色に見えてたりしませんかねッ!?」
「うわっ、近……って熱ッ!?」
何か知っているのかと期待した瞬間、妙に興奮したデュークが目の前に手に浮かべた火を近づけてきたではないか!
咄嗟に距離を取って事なきを得たが、危うく
「と、とりあえず落ち着け。な?」
「──ハッ……あ、すいません。興奮しちゃって……」
正気に戻ったのか、デュークは居心地が悪そうに頭を掻きながら謝罪した。
「ふぅ、次からは気をつけてくれ……」
「面目ないです……」
お互い肩で息をしている中、先程の質問に答えていないことに気付く。
「そういえば、さっきの質問についてだが……あぁ、見えている。お前のその火魔法がハッキリと赤色に見えて仕方ない。なんなんだ、これは」
「それはッ!……コホン、それは魔力視と言って、本来は
危ねぇ、こいつまた目を輝かせて暴走しそうになったぞ。
咄嗟に身構えてしまった。
それにしても……
「
確か、歴史の授業か何かでそんなのが出てきた気がする。
ちなみにではあるが、デュークから受けている授業は魔法だけでは無く、歴史や地理といった座学から礼儀作法なんかも教わっている。
「
「……あぁ、そうだったな」
そりゃ覚えてたさ。何となくだけど。
だからそんな『ホントにぃ〜?』みたいなジトっとした目を向けるな。
ちょっと悲しくなってくる。
「……まぁいいです。さて、アレス様はそんな
「いや、何が何だか分かってない」
「そりゃそうですよね、僕も分かりません」
「「ハハハハ……はぁ……」」
頭が痛い。
なんだそれ、どうやったら身に付くんだよ。
……もしかして、母親か父親のどちらかが浮気して……うわ、考えたくもない。
……けど、一応聞いておくか。
「なぁ、デューク。父さんか母さんが……その、他人と
「有り得ません。あのバカッ……オホン、円満夫婦に他人が入り込む余地などありません」
「だよなぁ、薄々思ってた」
だってあの夫婦、息子が見てる前で急にイチャコラし出すんだもん。
食事中も、仕事中も、作業中も、休憩している時だって。
母親はまだしも、あんな見るからに厳格そうな父親がああなるのはビックリした。
しかし、それも最初の頃だけで、何度も目撃した今となってはまたやってるよと砂糖をマーライオンする日々だ。
……まぁ、夫婦間が良好なのは良いことである。何事にも限度はあるがな!
さて、これで俺が
「……余計ややこしくなっただけじゃねぇか!」
「アレス様、落ち着いてください」
おっと、思わず叫んでしまった。
そのせいでさっき俺が同じようなことを言ってなだめたデュークになだめられてしまった。
……なんか屈辱的だ。
「まぁ、魔力視なんて魔法使いにとって死んででも欲しい能力ですから。前向きに考えましょう」
「なんか物騒なんだが……そうだな」
俺とデュークは考えることをやめた。
「それで、俺からの質問なんだが、なんでデュークはそんなに魔力の放出量が多いんだ?生まれつきと言われればそれでおしまいなんだが……」
「えーっと、僕からは魔力なんて微塵も見えないので何とも言えないんですけど……強いて言うとすれば
「魔穴?魔穴って……なんだそれ」
「あれ、教えてませんでしたっけ?」
「あぁ、こればっかりは本当に聞いていない」
「……あぁー、そういえばアレス様が早々に無詠唱に打ち込んじゃったから教えれてなかったんだ」
いや、そんな『あぁ納得』みたいな感じ出されても……。
こっちとしては不利益しかこうむっていないのだが。
俺が若干不満そうにしていると、デュークはそれに目ざとく気付いてフォローを入れてくる。
「いやぁ、すいません。これからはみっちりしっかり教えますから」
「……ならいい」
……のか?
流された気がしないでもないが……まぁいいか。
「それじゃあ、まずは魔穴についてですね。魔穴に関してはアレス様の方が分かりやすいんじゃないですかね?とりあえず魔力視を使ってみてください」
「……どうやって使うんだ?」
「えっ、知らずに発動してたんですか?……最初はそんなものなのか……と言っても、僕も魔力視持ちなんて人生で数回しかお目にかかれてないものですから、正直よく分からないんですよね」
「む……」
早速行き詰まってしまった。
さて、どうしたものか……
「……アレス様、ご自身で魔法を発動してみては?僕がやるよりも何かわかるかもしれませんよ」
「なるほど、一理ある。何はともあれ試してみないことには何も分からんからな……よし」
水属性以外の箇所への通り道を塞ぎ、魔力の経路を一束に集中力させる。
呼吸と共に魔素を体内に取り込み、心臓で魔力に変換させる。
そして一息に──出す!
「【水砲】!」
前に突き出した手のひらから水の塊が勢いよく撃ち出され、地面を着地と共に強かに打った。
──あぁ、水魔法は青色なんだな。
【水砲】の残骸が飛び散った地面は青色のインクがぶちまけられたかのように見え、少しすると視界は普通の濡れた地面に戻った。
「デューク、どうやら魔力視は常時発動のようだ」
「常時発動!これまた破格な……!使い心地はどうなんですか?」
「すこぶる良い感じだ。集中しなくても魔力が見えてるから無詠唱がめちゃくちゃ撃ちやすい」
「はー、破格。凄すぎて嫉妬も湧きませんね」
…………嫉妬。
どうして俺なんかに魔力視なんてものが備わったのか分からないが、これで前世のようになることは避けられるだろうか。
デュークの言う感じだと中々に稀有なものらしいし、もしかしたら…………いや、ダメだ。
ただ魔力が見えるだけのやつが天才とは言えないだろう。
これを宝の持ち腐れにするんじゃなくて、活用して更に精進せねば。
たかが凡人にこんなアドバンテージがあっても、天性の天才共は本当に軽々超えていきやがるからな。
さっさと心身共に成長しなければ。
こんな甘っちょろいままだと前世の二の舞になるぞ。
そう自分を戒め、改めてより一層の努力を積むことを誓う。
さて、それじゃあ更に強くなるためにデュークに教えを請おうか。
ちょうど気になることもあるんでね。
「それじゃあデューク、魔穴についての続きを願おうか」
「……あっ、そういえばそうでしたね。というかアレス様はなんでそんな冷静でいられるんですか。魔力視ですよ?魔力視。嫌でも気になりません?」
「ならないな。俺はそもそも魔力視について何も知らないし、使えても便利だなぁ程度にしか思わない」
「うわぁ、これが持ってる者の特権ってヤツですか……。あんまり僕以外の魔法使いの前でそういう発言しない方がいいですよ……さて、魔穴についてでしたね。魔力眼で体内魔力の流れは見えてますか?」
「あぁ、この心臓から手にかけて流れてるやつでいいんだよな?」
「えぇ、大丈夫です。それを辿って行ったら魔力が外に出ていく場所がないですかね?」
「あるな。もしかしてこれが魔穴なのか?」
「そうです」
目線の先にあるのはあの属性の割り振られている魔力の出口。
ここが魔穴と言うらしい。
名前を知らなかっただけでその実態は見知ってた訳だ。
「なるほど。で、これを拡張して何になるって言うんだ?」
「メリットは沢山ありますね。魔力の放出量が増えるので、魔法の規模が大きくなったり、常時魔力循環で魔素変換効率と魔力容量が育ちやすくなります」
「……つまり、魔穴を拡張すれば、即効的にも持続的にも魔法の成長が見込めると?」
「えぇ、そうなりますね」
……そんなの、やるしかねぇじゃん。
「ただ、ひとつ大きな懸念点がありましてね。──ものすごく痛いんですよ」
「痛い?」
「えぇ、何でもあまりの痛みで手首を切り落とした人もいるとか」
「……えぇ…………」
ドン引きである。
……待てよ、さっきまでの言動的にデュークもやってるよな?
「デュークは平気だったのか?」
「平気なわけないじゃないですか。危うくショック死しそうになりましたよ。まぁ、より魔法の真髄に近づけると思えばそんなこと屁でもありませんでしたけどね」
「そ、そうか……」
相変わらずの魔法狂っぷりだな……。
最近判明したのだが、デュークは魔法に対して異常な探究心を抱いている。
正直言って気持ち悪いくらいに。
そんなデュークでも魔法に関することながら苦痛を感じるというのは相当なものなのだろう。
しかし、やらない訳にはいかない。
どうせもう少し成長したら体を物理的に痛めつけるつもりだったんだ。
精神修行だと思おう。
「それで、どうすれば出来る?」
「おや、アレス様は魔穴拡張をお望みなのですか?私が言うのもなんですがとんだマゾヒストですね」
「てめぇにだけは言われたかねぇよ」
この究極魔法バカが。
「フフ……では、魔穴拡張の方法ですが、至極簡単です。魔穴拡張をおこなった者がおこなってない者に魔力を注ぐだけで完了です」
「そうか。では頼む」
「…………本気で言ってます?公爵子息に対して失礼かもしれませんが、私はあなたを立派な弟子だと思っています。それでもあなたは信じられないことにまだ5歳の子供だ。到底耐えられるとは思わな──」
「いいから、師匠なら黙って弟子を信じてろ」
「……はぁ、分かりました。常人には相当な痛みのはずなので、泣きたかったら泣いてください。本来あなたの年齢ならそれですら済まないはずなのですがね……」
ぶつくさ言いながらも、デュークは俺の手を取る。
これが単純な魔法狂だったのなら、子供だろうがなんだろうが有無を言わさず拡張を施しただろう。
どこかが狂ったヤツとは大体そんなものだ。
しかし、俺は良い魔法狂に恵まれた。
……良い魔法狂ってなんかしっくり来ないな……。
まぁ、ひとまずはこの巡り合わせに感謝だな。
「……準備はいいですか?」
こちらに顔を向けて珍しく真剣な表情をしているデュークと目線を合わせ、コクリと頷く。
「では、いきますよ──」
俺の手を握ったデュークの手が力む。
途端にデュークの体温が高まり、手を暖かい魔力が覆う。
──瞬間、手首から下が消失した。
いや、実際に消失した訳では無い。
それは自身の視界が物語っている。
しかし、感覚が叫ぶ。
──“生命の危機である”と。
「──あぁぁァァア゙ッ!?」
無慈悲にも遅れてやって来る痛み。
刺すでもなく、切るでもなく、神経が灼熱で溶けてなくなっていくかのような激痛。
さっきまで手を包んでいたはずのその痛みはいつの間にか肩にまで這い上がり、腕全体を見えない炎が包んで燃え上げる。
熱い。尋常じゃないくらい熱い。
でも体は溶けず、無くなりもせず永遠と熱が体を舐め回す。
思わず全身を使い
しかし、5歳児の腕力ではそれが叶う訳もなく、手足をばたつかせるだけで終わる。
──痛い、痛い、いたいッ!!
「ぬぁァぁあッ!」
違う、耐えろ!お前の覚悟はそんなものか!?
耐えろ!耐えろ!耐えろ!!
奥歯を噛み締めて気を紛らす。
腕が痙攣する。
今の俺の顔は大層見るに堪えないだろう。
何秒、何分、何時間。そうしたのか分からない。
しかし、時間が経つと激痛はふっと何事も無かったかのように治まった。
──終わっ、た…………
……あれ、ヤバい。
目の前がチカチカしてる。
頭が重いし、なんか寒い。
な、にが──………
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