第5話 生まれ変わっても

 ──はずだった。


 デュークと出会って早数日、衝撃の事実が発覚する。

 俺、アレスは──公爵家の人間だった。


 いや、まぁそこはいいや。


 とにかく今一番重要なのは、この公爵家、苗字をとってリタニア家と呼ぼうか。


 その公爵家という肩書きは伊達ではなく、リタニア家は名門中の名門貴族らしいのだ。


 それに加えて、ただ権力を握ってるだけならまだしも、この家に生まれたものは全員もれなく何らかの才能を持っているらしい。


 いや、は?ってなるだろ?

 俺もなってるよ。


 ……こんなの、下手したら前世よりも害悪な環境じゃないか。

 前世はまだそこら辺の人間に見下されるだけで済んだ。


 だが、今世は違う。

 公爵家ってことは確か相当なお偉い様のはずだし、なおかつただの才覚のみでのし上がってきた家らしい。


 一番タチが悪いのはだなんて定義されやがってることだ。


 そんな家から天才が出なかったらどんなことになる?


 ──終わった。


 第二の人生終了のお知らせ。

 いやおかしいだろ、絶対。

 なんで俺はこうも不幸なんだ。


 優秀な兄弟と比べられることが無くなった。

 そこまでは良かった。

 だが、そこから比較対象がリタニア家の歴代の天才たちに入れ替わった。


 ──悪化してんじゃん。


 比較対象デカすぎだろ。


 これからの自分の未来が手に取るように分かってしまう。


 下手したら最低でも前世の数倍の苦痛を味わうだろう。


 ──それなら、もういっその事今のうちに死んでおいた方が……


 不吉な考えが脳裏をよぎる中、俺の冷静な部分が俺自身に問いかけてくる。


 ──いや、勿体なくないか?


 ここは前世とは違う、まったくの異世界だ。

 前世では見かけることもなかった武器がそこら辺に転がっているし、未知なる魔法だってある。

 ここに前世の常識は通用しない。


 賭けないか?この世界の可能性に。



 そう問いかけてきた。


「……そうか、そうだよな。二回も諦めてちゃ何してんのかわかんねぇ」


 死ぬ気で、いや死ぬまで頑張ろう。

 周りに何と言われようが胸を張って生きていけるだけの努力をしよう。


 変わってみせる。前世の俺を精一杯否定してやるんだ。


 そうと決まればもっとペースを上げなければ。

 このままのんべんだらりと楽しむわけにはいかなくなった。


 前提として、ある程度体が成長したら肉体改造、つまり筋トレだったりをしなければならない。


 なので、まだ体が成熟していないこの期間を有効活用して最低限の魔法を扱えるようになる。


 幸い、魔法は詠唱をおこなえば勝手に発動するようにできていたので魔法の発動は実践済みだ。

 そのためとても楽でいい……のだが、そこにたどり着くまでが面倒くさい。


 詠唱は発動する魔法の強さが上がるのに比例して長く、複雑になっていく。


 『属性複合』なんかを行使しようとしたあかつきには複雑な呪文を覚え、なおかつ口に出して唱えないといけない。


 流石にそんな非効率なことしてられない。

 なので、たとえどんなデメリットをこうむろうが、俺は無詠唱を身につけなければならない。


 そのためにはどうするべきか。


 まずは魔法はどうやって発動しているのかを知らなければならない。


 詠唱さえすれば魔法が発動する。……まではいいのだが、肝心なその過程が省かれてしまっている。

 何がどうあれ、そこに何らかのヒントがあるはずだ。


 初めて魔力を感じた時のように神経を集中させ、相も変わらず一方通行に排出される魔力を発見する。


 前回はここでちょっとだけ観察して終わったが、今回は違う。


 この状態を維持したまま詠唱して魔法を発動させる。


 これについては考えなくてもわかる。絶対難しい。

 別のことに集中しながら何かをこなすのは人間として生きている限り不可能に近いのだから。


 が、幸い魔力は体温より暖かく、集中しなくてもある程度の存在は認識できる。

 つまり、魔力の流れが確認できる程度に集中しながら決まった文章を読むだけでいい。

 練習すればできないことは無いだろう。


 早速、このまま魔法の発動を試みることにする。


「水の神よ、我が手に──……ダメだ、どうしても口元に注意が逸れる」


 これは……長い戦いになりそうだ。


 ◇◇◇


「──失礼します、アレス様。いらっしゃいますか?」

「…………ふぅ……あぁ、今行く」


 集中を解き、訪問者の元へ行く。


 使用人などが部屋に来る時は大体いるかどうかの返事だけしてくれればいいと言うのだが、前世で呼び鈴が鳴らされると自分から出迎えに行っていたので、そうすると何となく違和感なのだ。


 使用人たちには俺はこの方が良いのだと伝えておいた。

 そうすると何故か感動された。自分のためだと言ってるのに。解せぬ。


 扉を開けて確認すると、訪問者はその使用人のひとりであるメイドのナターシャだった。

 どうやら貴族の子供には否が応でも専属の使用人が付けられ、身の回りの世話を任せるのだとか。

 彼女がそれにあたる。

 ちなみに前世で読んだラノベみたく特段若いとかはなく、普通に30代くらいの女性である。

 逆に子供に家事や世話を頼む方がおかしいわな。

 ちょっとガッカリしたけど納得した。


「どうした?」

「旦那様がお呼びです」

「なるほど、分かった。準備でき次第向かうと伝えといてくれ」

「はい、承知しました」


 ちなみに、今ではこうしてタメ口で接せているが、最初は慣れるのに苦労した。


 まだ前世と今世の年齢を合わせても精々二十過ぎの若造なのだ。

 三十歳以上の使用人の人達にタメ口で話すのは前世の感性も相まって思った以上に難しく罪悪感が沸いた。


 まぁ、それももう過ぎたことだ。


 今現在、既に俺に前世の記憶が戻ってから約二年が経過しているのだ、慣れてない方がおかしいだろう。


 さて、遂にこの体も5歳になってしまった。


 思ったより時間が経つのが早い。

 この期間で魔法の無詠唱での発動までは漕ぎつけたのだが、完全習得には至っていない。

 まだ確実に発動できないこともあるが、単純に魔法として扱うにあたっての火力が足りない。

 普通に詠唱して魔法を使えば手のひらくらいの大きさにはなるはずの【水玉】が無詠唱だと指先程度の大きさにしかならないのだ。


 ちなみに、無詠唱のメカニズムについてはやっぱり詠唱によって省かれた部分が重要だった。


 詠唱には主に3つの動作が組み込まれていて、1つ目は体内を通う魔力の増強。


 普段は呼吸のように常時勝手に周囲の魔素を取り込んで魔力に変換して放出されているが、詠唱を唱えるときには魔力が放出されなくなると共に魔素変換が活発になるのだ。

 この時に詠唱している魔法を使えるだけの魔力を作り出すらしい。


 これらはデュークに聞いて得た情報なのだが、自分の身の丈に合わない魔法を使おうとすると魔力が必要量までため込めなくて魔法が発動しないばかりか、行き場のなくなった魔力によって魔力過多状態になり、一時的に魔法が使えなくなるのだそう。


 前世でいうオーバーワークによる自滅だな。

 ……あんまり例えが上手くないかもしれないが、とりあえずろくなことにならないのは確かだ。


 2つ目は魔力の性質の変化だ。

 詠唱を完了して、さぁ魔法を発動しようと魔力が手のひらまで伝わったとき、急に魔力の質感というかなんというか……材質?が変わるのである。


 ただの感覚なので言語化が難しいのだが、とにかく魔力が手のひらに達した瞬間に別の何かに変化する。


 それにも法則性があり、使うのが水魔法なら少しひんやりしたり、火魔法ならいつもと少し違うジーンとした暖かさを感じたりする。


 まぁつまり属性によって感触が違うのである。

 ということはそこで魔法の属性が決められているはず。


 勝手にそう思ったまではよかったのだが、そこからどうすればいいのかに試行錯誤した。


 最終的に魔力を出す箇所を意図的に設定することで属性が変化すると分かった。

 手のひらには魔力放出されている箇所が四箇所あり、そのそれぞれに属性が割り振られていたのだ。


 左側のここは火、右側のここは水、左寄りの真ん中のここは〜みたいな感じで。


 で、その当てはまる属性の箇所に魔力を流し込んで、その属性特有の感触を思い浮かべながら放出すると、あら不思議。魔法が使えたのだ。


 とまぁ、ここまで言ったように無詠唱でも詠唱とはまた別の面倒臭さが付きまとう。


 しかし、大量の文章暗記に比べれば圧倒的にマシである。

 当分の目標は無詠唱を百発百中完璧に発動させることだが、一箇所に集中して魔力を流すのがこれまた難しい。


 そもそも──


「──アレス様、何してるんですか」

「ん?ナターシャか。なんだ?」


 そう問いかけると同時に何故かナターシャがこちらにずいっと近付いてきた。


「なんだ?じゃありません。私言いに来ましたよね?だ・ん・な・さ・ま・が・お・よ・び・で・すって!」

「……あー、そういえば」

「そういえばじゃありません!前もそうでしたけど──」


 ──ッスー……やっべ、確定二時間コースだこれ。


 俺に指を突き付けて説教モードに入ってしまったナターシャを前に、これでもう十何度目かの辟易を覚えた。

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