第4話 生まれ変わったので
アグロスの部屋は書庫から近く、想定していたよりも短時間で着いた。
といっても屋敷の規模がアレなので、最低でも数分はかかっているが。
「さて、アレス。私は遠回しに言うのが昔から苦手でね、単刀直入に言わせてもらう。魔法に興味はあるか?」
……なんでそんなこと聞くんだ……?
というか3歳児に対しての言葉遣いじゃ無くないっすかね……まぁいいや。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「……いや、なんだ、魔法に興味があるのなら家庭教師やらを付けて学ばせようと思ってな」
「ふーん……うん、興味あるよ!」
書庫にある魔法に関する本だけだと限界があると思うしな。
人に教えを乞える環境はあって損しない。
「そうか!ならば明日には家庭教師を用意しよう。用意でき次第お前の部屋に向かわせるから、明日は部屋にいなさい」
「分かりました、お父さま」
そう言ってアグロスの部屋を出る。
……ふぅ、少し疲れた。
この世界での家族間の触れ合いは少々堅苦しい。
母は普通なのだが、父や使用人たちは俺を子供として扱ってない節がある。
なんというか……他人行儀、とでも言おうか。とにかく言動が堅い。
この世界の家族全員がこんな感じだとは思いたくないが、俺の元いた世界とはそのものが異なるため何とも言えない。
アレスの記憶を参照しようにも、3歳児の記憶とは案外少なくて、内容も希薄である。
俺も前世の幼少期の頃の記憶なんざ覚えてないが、現役3歳児でこれなんだから、そりゃ大人になったら忘れるよ。
さて、明日には家庭教師の人が来るらしいし、それまでに[魔法のすゝめ]を読み切っときたいな。
そう思って、俺は再度書庫に向かった。
◇◇◇
翌日、[魔法のすゝめ]を全部読み切って暇だったので、自分の部屋であの魔力促進&抑制を繰り返していると、部屋の扉がノックされた。
『すいません、ここがアレス様のお部屋で間違いないでしょうか?』
「あ、はいはい。どうぞー!」
扉に駆け寄り、扉を開けながら入室を促す。
予定通りの来客なので、驚いたり迷ったりはしない。
「あ、これはどうもご丁寧に……失礼します」
部屋に招き入れた後、子供部屋にしては豪勢なソファーに座る。
そして来客にも対面に座ることを促す。
二人揃って着席したのち、一息置いてから来客が口を開く。
「……さて、申し遅れました。私、この度アレス様の家庭教師を務めさせていただくデューク=アーノルドと申します」
「僕はアレス=レント=リタニアです。よろしくお願いします!」
「はい、お願いします。……では、私がアレス様に教えることの説明から始めますね」
そう言ってデュークはおもむろに何かを口ずさみ、手を真上に向ける。
「【水玉】」
すると、なんと手のひらの上に水の塊が出現したでは無いか!
「うわっ!?」
「あ、すいません。驚かせてしまいましたね。これは魔法と言うんですが──」
「ほあぁぁ……!」
初めて見る本物の魔法に目線が釘付けになり、デュークの言葉が右から左へ流れていく。
これが、魔法……!
「──フフッ、魔法がお好きなんですか?」
「……ッ!」
口を開けて惚けたまま、ブンブンと首を縦に振る。
「おおっ、これは将来有望だ。これから一緒に頑張りましょうね」
「うん……うん……!」
これから、こんな魔法が使えるようになる。
それだけでどうしようもなくワクワクする。
──そういえば、前世では熱中したものなんて無かったな。
強いて挙げるとすれば中学生の頃に読んだラノベくらいか?
そう思うと一応あるにはあったが、楽しかったかと言われると微妙だ。
俺が何かに集中するときの理由って大体現実逃避のためだったし。
……今世は楽しんでみようかな。
自分のしたいことをやって、それを自分の納得のいくまで突き詰めてみる。
いいな、それ。
目指すは大魔法、鍛えた激強魔法で魔物相手に無双!……とまではいかなくていいかな。
俺はいつか世界を巡ってみたい。
理由は色々あるが、一番は前世の時の願望だったからだ。
最初はただふと「海外に行ってみたいなぁ」と思う程度だったのだが、日が経つにつれてそれが「行きたい」という望みに変わっていった。
……のだが、なんせ旅行には金がかかった。
俺よりも断然金をかけるべき兄弟がいるのに、別に裕福でもない親に旅費をねだれるほど俺は馬鹿じゃない。
バイトで自分でためて……と思っていたのだが、結局バイトする前に死んでしまった。
とにかく、俺の今のところの最終目標は何らかの形で旅行することなのである。
が、アレスの薄っすら残っている記憶の通り、この世界には魔物が居る。
なので、最低限そいつらから身を守れる程度の力があればいい。
それに、俺だと大した魔法も身につかないだろうし。
……いや待てよ、もしかしたら俺が魔法を使えない可能性もあるのか?
……もしそうなったら自力での旅行は諦めるか。
とりあえずやってみないことには何もわからないだろう。
幸いすぐそこに教えてくれる人がいるのだ。
遠慮なく聞いていこう。
「せんせー、魔法ってどうやって使うんですか?」
「ハハ、アレス様は気が早いですね。ですが、学習意欲があるのはいいことです」
「じゃあ!?」
「……が、すいません。生憎と今日は挨拶だけだと思っておりましたので教材を持ってきておりません。なので申し訳ないのですが本格的な授業は…………そうだ、今日は初日なので魔法や魔力に触れてみることにしましょう。それだと教材も必要ないですしね」
「もっと魔法見せてくれるの!?やった!」
実物の魔法を見られるだけでも貴重な体験だ。
デュークの様子をひとつも見逃さないように目を皿にして凝視する。
「フフ、ではまずは火の初級魔法をお見せしますね。コホン……火の神よ、我が手に生命の灯を与えん。【火種】」
そんな口上の後、先ほどの水の塊とは打って変わって小さな火が手のひらの上に出現する。
既に一度は経験済みなので、最初ほどは驚かないが、それでも慣れないうちは感動してしまう。
しかし、今はそれよりもっと気になることがあるので、感嘆の声を出す前に質問する。
「せんせー、魔法が発動する前にうにゃうにゃ言ってたのって何ですか?」
「あぁ、それは詠唱と言ってですね、魔法を発動するときに必要な定型文なんですよ。ちなみにそれぞれの魔法にひとつずつあります」
「えっ、てことはせんせーはそれ全部暗記してるってことですか!?」
「うーん、全部とは言えませんが、ある程度なら暗記していますね」
「ほへぇー……」
暗記かぁ……。
え、暗記かぁ……。
…………嫌だなぁ……。
「無詠唱とかってないのかなぁー……」
「無詠唱ですか。出来ないことはないのですが、有り得ないくらいに難しくてですね……」
おっと、口に出てたか。
下手したら何か変なこと
それにしても、有り得ないくらいに難しい、か……そう上手くは行かないか。
「そっか、じゃあまぁいいや!次!次の見せて!」
「フフ、了解です。では次は──」
デュークの出す魔法はどれも興味深くて、感動せずにはいられなかった。
久々に、心の底からワクワクしている。
──あぁ、俺はこの世界なら好きになれそうだ。
そう心から思えた。
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