第三十六話 全力の撤退

「”守護者”――光天蓋、《守れ》!」


 放たれた、今までの攻撃が稚児の戯れとでも思えるほどの絶大な闇のオーラを、イグニスは咄嗟に光天蓋を再展開する事で、防ごうとする。


 ――パリン


 だが、あのノワールをも唸らせた最強の盾ですら、1秒と持たずに砕けてしまう。


「破壊いいいいいい!!!」


「凍てつけ!!!」


「守護せよ、岩壁!」


 しかし、その僅かな時間稼ぎが功を奏した。

 まず、マレーネが破壊魔法で更に僅かな足止めをし、そこにリオルム総督とフィンブルがそれぞれ氷壁と岩壁を鏃型に展開する。

 これにより、絶大な闇のオーラは横へ逸れるようにして、受け流されてゆく。

 だが――それでは全く足りなかった。


 ――ガシャアアアン!!!

 ――ガラガラガラ!!!!


 数秒ほど持ちこたえたものの、それもまた勢いに負けて、一気に崩れ出していく。


「マズいマズいマズい」


 シンも咄嗟に転移魔法で逃げようとするが、奔流する膨大な魔力と元からある転移妨害の結界によって、逃げ出す事が出来なかった。


「仕方ないっ!」


 生きる為ならばと、シンは奥の手である、100万を超えるスライムによる、圧倒的な肉壁戦法を使おうとした――次の瞬間。


「私が守る。その為ならば――命でもなんでもくれてやる! 《守れ》!」


 イグニスが血の涙を流しながら絶叫した。

 刹那、完全に氷壁と岩壁が崩れ、こちらへ向かって来る闇のオーラを、鏃型の巨大な光の障壁が、に受け止めて見せる。


「イグニス!?」


 目を見開き、驚くリオルム総督に、イグニスは声を飛ばした。


「早く転移魔法を! 長くは持たない!」


「ああ! ――お前ら、急げ! 少人数ならやれるだろ! 魔力が足りなきゃ、いくらでもくれてやる!」


 そして、リオルム総督の指示の下、数人の空間魔法師が転移の魔法陣を構築していく。

 空間魔法師の数も、最初と比べれば10分の1以下に減少してしまったが――その分、連合軍自体も、100人程度にまで数を減らしていた。故に、これでも全員を逃がせる。

 また、先ほどまで奔流していた膨大な魔力――そして転移妨害までもが、イグニスの障壁によって防がれているお陰で、術式を組める。

 そして――


「俺も手伝う」


 そう言って、シンが構築される転移術式に干渉し、構築の補佐をする。

 あのノワールに、自分よりも上と称される程の技量を持っているからこそ可能な、超高速展開。

 様々な奇跡が合わさることで――遂に、転移魔法陣が完成する。


「よし。早く上に!」


 リオルム総督の指示に背を押されるようにして、連合軍が一斉に展開された転移魔法陣の上に飛び乗った。


「私は置いて、先に行きなさい!」


 直後、生者全員が転移魔法陣の上に乗った事を確認したイグニスが、そう声を上げた。

 その言葉に、思わず声を失う連合軍の面々――だが、リオルム総督が残酷に声を上げる。


「……発動しろ」


「で、ですが――」


「いいからやれ! 処すぞ!」


 リオルム総督――そしてシンは分かっていた。

 残る全員がに転移しきるまで、イグニスがここに居なければ――意味が無いと。

 転移魔法を発動出来たとしても、ほんの一瞬あの膨大な魔力の奔流に触れるだけで、転移魔法は強制的に解除される。

 だが、それを知らない――知る余裕の無い彼らの1人は、発動にまだ躊躇いを見せる。

 基本的に複数人で組む転移魔法陣は、全員が発動の意を示さなければ、発動する事が出来ない。

 それ故に、誰か1人でも躊躇うだけで、発動できないのだ。


「すまん、イグニス!」


 そこに、シンが動く。

 シンは素早く転移魔法陣へ干渉し、残る魔力の大半を代償にすることで、無理やり発動させた。

 刹那、白色に光り輝く転移魔法陣。

 やがて、ここからイグニスを除く連合軍全員が消えようとする中――


「王国を頼んだよ、マレーネ。あと……レイン殿下を頼んだ。シン君」


 そんな声が、穏やかな表情のイグニスの唇から漏れ聞こえて。

 次の瞬間、イグニスを除く連合軍は、完全にこの場から撤退するのであった。


 ――パリンパリン


 それを皮切りに、罅が入って行く光天蓋。

 気付けばイグニスは、全身から血を流していた。

 そして、身体の芯に感じる喪失感。

 ぼやける視界。

 そんな中で、イグニスは最後に託した。


「皆……任せたよ。必ず、奴を倒してくれ。奴の妄執を――終わらせてくれ」


 ――パリン


 そして、二重に響く破砕音と同時に。

 イグニスの意識は途絶えるのであった。


「……逃げられたか」


 やがて、闇のオーラが完全に消え失せた所で。

 ノワールは、倒れるイグニスの下へと歩み寄ると、そんな言葉を漏らした。

 あれほどの破壊を受けて尚、イグニスが原型を留めているのは、偏にノワールが願ったから。

 嘗ての仲間と同じ高みへと至ったイグニスに対する、礼儀のようなもの。


「……白金の騎士ブランと同じ高みへと至ったお前の最期が、まさか白金の騎士あいつと同じ、献魂による存在崩壊とはな。お前も、清廉潔白な心の持ち主だったのか?」


 そう言って、ノワールはイグニスの遺体を、荼毘に付すのであった。

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