第三十四話 魂を込めて

 ノワールへの攻撃に留まらず、マレーネによる”祭壇”への攻撃も防がれた。

 そのせいで、戦場に僅かな空白の時が訪れる。

 だが、リオルム総督たち猛者は、すぐに立て直すとノワールを見据えた。

 一方、顔面から腹に掛けて傷を負ったノワールは、自らの傷口を右手でなぞるように撫でながら、口を開く。


「……なんてな。”祭壇”は俺にとっての生命線だ。罠がないとでも?」


 そんな事を言うノワールに、もっともだと内心で頷く連合軍――だが、超優秀な指揮官でもあるリオルム総督と、経験豊富なゼーロスだけは違った。


(まあ、それはそうですな。ですが……)


(その罠、強力な分1つしか無いな? でなけりゃ、あれだけ冷静だったお前が、あそこまで動揺する訳が無い)


 ノワールの秘め事を瞬時に暴く2人は、暴いた事を悟らせないような表情で、再び武器を構える。


(あと、ついでに言うなら遅延起動しようとした魔法は、強制解除した関係で、使えなくなっていると見た。でなけりゃ、とっくに発動してる)


 続けて、そう考えたリオルム総督の結論は……


「全軍、行け!」


 数で押す……である。

 直後、止まっていた時が動き出したかのように、連合軍が一斉に進軍を始めた。

 そして、射程圏内に入り次第、即座に魔法師たちが魔法を放つ。


「雷閃よ、穿て!」


「氷牙よ、穿て!」


「闇よ、迸れ!」


 扱われる魔法も、広範囲攻撃では無く、一点集中特化の魔法。

 彼らは皆、相当な実力者ではあるが――それでも、並の攻撃魔法では傷一つ付ける事さえ叶わない。

 それは、至近距離から放たれたリオルム総督の最大火力を耐えきって見せた事から、明らかだ。


「砕けろ」


 だが、それらは全てただ一言で、霧散消滅させられる。

 でも、その一言により生まれる、ほんの僅かな隙が、リオルム総督たちを動かせるのだ。


「はあっ!」


 ”守護者”を発動させながら、味方の魔法に隠れるようにして接近するイグニスが、剣を横なぎに振るった。だが、それはノワールの短剣によって防がれる。


「死ね死ね死ね!」


「物騒だ」


 後方から、暗殺の剣が迫る――が、これも避けて見せる。


「闇よ、穿て」


 そして、一瞬の隙に放たれる闇の槍が、2人の脇腹を貫き、血飛沫を上げさせる。


(ちっ……”守護者”を発動させておきながら、何という無様……っ!)


 イグニスは内心そう言って、自らを罵りつつも、その傷を顧みずに神速で剣を振るう。


「得物を振るうなら――」


 だが、身を退いて避けられ――


「当たる様に振れ!」


 逆に自らが、ノワールので深々と腹を斬り裂かれる。


「がはっ……!」


 深々と斬られ、意識が朦朧とする彼の視界に入って来たのは、悍ましいほどの闇が纏われた、右手だった。


「凍てつけ!」


 刹那、後方から放たれる氷の剣閃――それが、ノワールとイグニスの間を通り、氷の障壁を形成した。そして、その隙にまるで示し合わせたかのようにイグニスの後方に現れたゼーロスが、イグニスの首根っこを掴んで回収する。


「焦りすぎだ。相手がまだまだ手札を隠し持っている事ぐらい、容易に想像つくだろうに」


 そう言って、ゼーロスはマスターポーションをイグニスに振りかけ、傷を癒す。


「すまない……ゼーロス殿」


 その言葉に、イグニスはまるで恥じるようにそう言うと、顔を若干俯かせた。


「怠ぅ……倒せる気しない」


「破壊、破壊、はかあああああい!!!!」


 一方、前方ではフィンブルとマレーネが、2人がかりでノワールに猛攻を仕掛けていた。だが、ノワールは巧みに闇の結界を展開して全てを防ぎ、逆にその猛攻の間を縫うようにして邪神の裁きジャッジメントを放ち、連合軍側に甚大な被害を与えている。


 ヒュン!


「おっと。今回は死ね死ね言わないのか……地味に虚を突かれた」


 すると、ノワールの背後から突然突き出される暗殺の剣――それを、ノワールは驚いたとでも言いたげな声音でそう言いながら、軽々と躱して見せた。そして、お返しとばかりに闇を横なぎに振るって殺そうとする――が。


「凍てつけ! 燃えろ!」


「おっと」


 良いタイミングで放たれた氷と炎の二重ダブル攻撃に、ノワールは瞬時に後ろへ跳んで躱すと、続けざまに広域へ空間破壊の魔法を唱え、跳んだ方向から迫って来ていた攻撃を潰しつつ、連合軍に損害を与える。


(マズい……このままではジリ貧だ。対して、相手はほとんど消耗していない。常に必要最低限の動きで、確実にこちらを殺しに来ている……!)


 その様子を具に見ていたイグニスは、内心焦る。

 これはもう、誰かが無茶をするしかない。

 誰かが、命を捨てる覚悟を持って、突破口を切り開くしかない。

 ここで、イグニスの脳裏を過るのは、敵であるノワールの言葉。


『出力が――弱すぎる。白金の騎士ブランみたいに、魂込めてやれよ』


 そうだ。

 自分はずっと、先の事を考えていた。

 死ぬ気で戦ってはいたが……刺し違えてでもノワールを殺すとは、全く思っていなかった。

 ノワールを――自分より遥かに格上の相手を――その程度の覚悟で倒せるわけが無い。


「ああ、いいさ――魂込めてやるよ! ここで――死んでもいい! ”守護者”!」


 そして、イグニスは”守護者”を発動させると、ノワール目掛けて突貫した。


「闇よ、穿て!」


 そんなイグニスに対し、ノワールは血を相当失ったこいつ程度、これで十分だとばかりに闇の矢を数本だけ放つ。


「光天蓋――《守れ》!」


「なっ……!」


 刹那、展開される光の防壁に、ノワールはあらんばかりに目を見開かせた。


(馬鹿な。この短時間で、白金の騎士ブランと同じ技を……!?)


 それにより生まれる僅かな空白。

 その間に、闇の矢はイグニスの光天蓋によって霧散消滅し、ノワールの下へ剣が迫る。


「くっ 死ね!」


「貴方こそ!」


 刹那、2人は互いにぶつかり合い、その場に激震を走らせるのであった。

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