第三十三話 ノワールの罠

「散開しろ! 打ち消せ!」


 空間破壊の兆候を感じ取った、リオルム総督の指示――それを聞くや否や、連合軍の魔法師隊が即座に空間障壁スペーショナル・シールドや、その上位に当たる空間隔離結界エクステンション・フィールドを多重展開する事で、ノワールが無詠唱で放った空間破壊の攻撃を相殺した。

 そして、そのまま連合軍は一気に散開し、一網打尽にされないようにする。


「それが、面倒なのだが……邪神の裁きジャッジメント


 だが、それに合わせてノワールは流星の如き闇の光を空から無数に落とす事で、散らばり、一斉に近づいてくる連合軍の殲滅を図ろうとする。


「させるかぁ!」


「当たるかぁ!」


 しかし、ここに居るのは皆精鋭――ノワールからしてみれば雑魚だが、それでも1発2発程度ならギリギリ躱せる。

 それには、さしものノワールもイラついたような表情を見せた。


(おーイラついてるイラついてる。にしても、やっぱこれ適当に落としてるんじゃなくて、全部狙ってるのか……化け物だな~)


 連合軍と足並みを揃えて進軍するリオルム総督は、そんなノワールの表情を見て、そんな事を思った。

 だが、あくまで避けられるのは1発2発程度――そして当たれば、基本的に死。

 既に、この邪神の裁きジャッジメントによって、連合軍の3割が死んでいる。普通の戦場であれば、顔をしかめる程だ。


(ただ、なんか解せないんだよなぁ……)


 そんな時、リオルム総督の脳裏に去来するのは――違和感。

 指揮官として、猛者として感じる――違和感だ。


(ノワールであれば、もっと苛烈な攻撃が出来る筈だ。何故、それをしない……?)


 延命に多大な魔力を常時消耗している――”祭壇”の起動に魔力を消費し過ぎた――色々考えられるが、それでもリオルム総督から違和感は消え失せない。むしろ、増していっている。


「だが、やるしかねーな。起動ブート、凍れ!」


 そして、イグニスは”祭壇”の間へ入る前に準備していた氷炎武装デュアルウェポンを遅延起動させると、一直線に氷の斬撃を走らせる。


「おっと、危ない」


 だが、それはまるで子供が投げたボールを弾くかのように、右手を振るだけで消し飛ばされてしまった。


(やっぱ化け物だ。これに暗黒絶対領域アドミニストレータとか言う切り札が……はっ!)


 ここで、リオルム総督は敵の狙いに気付き、顔面を蒼白とさせた。

 刹那、ノワールが嗤う。


「眼前の事で手一杯になると、本当に大切な事に気付かなくなる。いい教訓になっただろう――あの世へ持って行け。ブー……」


 そして、彼我の距離が十分に縮まった所で、ノワールはあの魔法をリオルム総督の様に遅延起動した――


「んっ!?」


 ……いや、違った。

 見ると、何故かノワールが首を押さえて、あれほど短い詠唱を中断していたのだ。

 それは一瞬――だが、その一瞬があれば、他の者は無理でも、リオルム総督のようなほんの一握りの猛者に限り――突ける。


 ヒュン!ヒュン!ヒュン!


「くっ!」


 まず、ノワールの右から三度飛んでくる鋭い石の槍――それを、ノワールは素早く空間破壊の魔法を無詠唱で発動し、破壊した。


「死ね死ね死ね!」


 それと同時に、背後から飛んでくる神速の暗殺剣――それを、ノワールは寸での所で身を退いて躱して見せると、膝蹴りを喰らわせ、吹っ飛ばす。

 そして、続けざまに闇の斬撃を予備動作無しに放ち、ゼーロスとイグニスを纏めて足止めした。

 半秒にも満たない接近戦、隙を作って尚この対応――もはや人間の領域を逸脱していると言っても過言では無い。

 だが――その隙は、確実にノワールの首に死神の鎌を掛けたのだ。


「焼き尽くせ!」


 その猛攻を、唯一抜ける事が出来たリオルム総督が、ゼーロスとイグニスの対処をした直後のノワール目掛けて、剣と爆炎を放った。

 千載一遇の大チャンス――当然、最大出力だ。


「はあ、はあ、はあ……どうだ……?」


 地面は剣筋に沿うようにして誘拐しており、その線は”祭壇”まで伸びている。

 その熱気は、自らの装備すらも軽く溶かしていた。

 だが――


「は、は、は……凄いな。そうだよ。これが人間の強さだよ……女神エリアス」


 そこには、顔面から腹にかけて焼けただれた血の線を作りながらも、しっかりと2足で立っているノワールの姿があったのだ。

 ノワールが生きているのなら、当然後方にある”祭壇”も無事。

 一世一代の大チャンスとも言えるそれを――リオルム総督たちは逃したのだ。

 だが、リオルム総督の頭に敗北……の二文字は無かった。

 そして、その答え合わせとばかりにノワールが――気づく。


「待て……はっ! まさか――あの破壊魔法の使い手は……」


「気づいたかぁ! でも遅いよ!」


 そう。あの一世一代の大チャンスで、ノワールでは無く”祭壇”だけを狙った唯一の人間――マレーネ。

 ”祭壇”と絶妙な距離感を保てる場所に陣取り、罠を警戒していた彼女は、そこでノワールが気付いたと同時に破壊の魔法を放つ。


「やめ――」


 ドドドドドド――――


 それは空間を轟かせながら、”祭壇”を飲み込もうと襲い掛かる――が。


 シュッ!


「なっ!?」


 ”祭壇”を飲み込もうとした瞬間、まるで幻だったかのように、霧散消滅してしまうのであった。

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