第三十二話 始まるノワールとの戦い

「早々に死んでくれ――邪神の裁きジャッジメント


 刹那、ノワールの頭上20メートル付近に、無数の漆黒の光が現れた。

 そして、それはまるで流星群のように、連合軍へ次々と降り注いでいく。


「”守護者”――光天蓋!」


 だが、それは即座にイグニスがS級祝福ギフトの”守護者”によって展開された光の結界によって防がれる。

 これには、さしものノワールも思わず目を見開かせる。


「今ので後方の精鋭部隊ザコどもを一掃しようと思っていたのだが……驚いた。まさか、あの時無様に敗走したお前が、白金の騎士ブランと同じS級の”守護者”を持っていたとはな」


「ふぅ……ええ。漆黒の魔術師あなたに褒められるとは……光栄で嬉しくて、殺したくなりますよ」


 そんなノワールに対し、イグニスは後方の部隊が体勢を立て直す時間を確保する為、そんな冗談を口にする。


「文脈が可笑しいぞ……。まあ、確かにお前は想像以上に凄い。特に、応用力という点に関しては、あいつ……白金の騎士ブランを上回る」


 だが――


「出力が――弱すぎる。白金の騎士ブランみたいに、魂込めてやれよ――万物を貫け、死滅の騎士槍ぺリシング・ランス


 刹那、禍々しい漆黒の騎士槍が、ノワールの下から勢いよく離れた。

 当然、イグニスはそれを防ごうとする――が。


 ギ、ギ、ギ――


 両者がぶつかった瞬間、直ぐに光天蓋が罅と言う名の悲鳴を上げ始めた。


「回避!」


 それを見た瞬間、リオルム総督は即座に全軍へ回避命令を下す――が。


 バリン!


 光天蓋は、半秒持つ事すら叶わず砕け散った。

 そして、光天蓋を突破しても尚、勢いが一切衰えていないそれは、攻撃範囲を広げながら、一気に連合軍を左右に分断するように迸る。


「……馬鹿な」


 それは、誰の言葉だろうか。

 そんな言葉が零されたこの場に刻まれたのは、巨大な闇の轍だった。


「ぐ、あっ……」


 そんな彼の横では、すぐ右を通った死滅の騎士槍ぺリシング・ランスによって右腕を捥がれた男が居た。


「くっ これを使え!」


 その男は、帝国騎士である自分にとっては長年の敵であった、共和国の軍人――だが、それが何だと言うのか。

 男は一切躊躇う事無く、自身が持つ最上級のポーションで、彼の黒く爛れた欠損部位を癒そうとした――だが。


「あ、があああ!!!!」


 共和国の軍人の男は、突然苦しみ出した。

 刹那、捥がれた右腕の断面にあった黒が、まるで浸食するかのように男の全身を包み込んでいく。

 そうして、何も出来ぬまま――男は黒く禍々しい肉塊となって死んだ。

 もう、人間だった面影すら、そこには無かった。

 それが、あちらこちらで起きれば――士気が低下してしまうのは、もはや必然だった。

 その様子に、リオルム総督は歯噛みする。


(クソっ! ただ殺すのでは無く、惨たらしく殺し――しかもその様子を見せつける事によって、こちらの士気低下を狙いやがったか……!)


 グルトニア帝国は、言わずもがな軍事大国だ。そして、アトラス共和国と戦争中。

 故に、死はかなり見慣れている――だが、それでもあれは無理だ。

 あんなのは、人が見れる範疇を超えている。

 そうして動揺が、連合軍の半分を侵食する中、ノワールは攻撃の手を一切緩めることなく、追撃を喰らわせる。


「さあ、どうする。――闇の彼方へ誘え――」


 そして無情に始まる詠唱。

 だが、そこに――


 ヒュン!


 何かが飛来した。

 魔法で強化した、ノワールの動体視力でギリギリ視認できるほどの速度のそれを、詠唱を中断したノワールは、即座に屈んで躱す。


「えー……この不意打ちを、防ぐじゃ無くて躱すとか、化け物かよ……怠い。なんでこんな化け物の相手を、しなきゃならないんだ……」


 そして、飛んできた方向に目をやると、そこには怠そうに長杖ロッドを構える、帝国魔法師団副団長のフィンブルの姿があった。

 更に――


「お前の魔法のお陰で、気づかれんかったわ~。あんがとさん。それじゃ、破壊しちゃるよ。大破壊だぁ!」


 ノワールの魔法――そしてフィンブルの魔法のお陰で、気づかれずに詠唱出来ていた王国の魔法特別隊隊長、マレーネが元気よく破壊の魔法を唱える。

 刹那、ノワールに巨大な爆発が襲い掛かった。


「……組織も違うというのに、いい連携だ」


 だが、吹き飛ばされるかのように消え失せた煙の先に居たノワールは、無傷だった。

 そんなノワールを包んでいたのは、三角錐型の闇の結界。

 かなりの魔力が込められている――並の攻撃では、傷1つ付ける事さえ、叶わないだろう。


「懐かしいよ。”六英雄あいつら”を思い出す」


 そう言って、ノワールは右手を前方へと掲げた――次の瞬間。


「ん? ……ああ、そこか」


 突如、そんな声を上げたかと思えば、無詠唱で魔法を行使する。

 刹那、現れる闇の矢が、空を穿った。


「くっ 今ので殺したかったのになぁ? なぁ?」


 すると、何も無かった筈の場所から、1人の男が姿を現した。

 ノワールを殺戮する事しか考えていないアトラス共和国の狂人――ルインだ。

 刹那、ルインはそんな言葉を言いながら、一切の予備動作無く、右手を振るった。

 その手には、付与魔法によって、視認、感知がしづらくなっている特殊な剣が握られている。


 バリン!


 そして、一点突破によって破られるノワールの結界。

 これには、またもや驚くノワールであったが……


「今度は紺碧の暗殺者ブルースと同じ、S級の”暗殺”……か。だがそれは――」


 刹那、空間が揺らぎ――


「攻撃を外せば、致命傷だ」


「がはっ!」


 ノワールがそう言ったのと同時に、ルインは全身を激しく打ち付けられ、大きく後方へと飛ばされる。

 だが、これは運が良かった。

 もし、あの時ルインが寸での所で身を退いていなければ――死んでいたのだから。


「さて――存外粘るが、そろそろ死ね。空間よ――砕けろ、崩れろ、破壊しろ」


 そして、続けて空間破壊の攻撃が、放たれるのであった。

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