第三十一話 ”祭壇”の間

 あそこから、転移魔法でしれっと離脱した俺は、王城の教会内にある治癒院のベットに戻ると、再びそこから監視を始めた。


「よし。案外顔は、見られなかったな……」


 しれっと参上し、しれっと退散したお陰で、俺の顔を覚えている人は敵幹部2人と戦っていた3人と、その他ごく一部の人に限られるだろう。

 地味に気配を消していたのも、大きかったかな?


「さてと。それで、次はもうノワールと連合軍のご対面……か」


 まだ戦闘が始まって1時間も経っていないが、もう残るのは首魁であるノワールだけだ。

 だが、ここからが本当の勝負だ。


「マジで……正直怖いな。あの時、マジでヤバい圧感じたんだよなぁ……」


 そう言って、俺はゴロリと仰向けに転がると、天を仰いだ。

 あの時……とは、前にノワールに捕まってアジトに引きずり出された時の事。

 短い交戦だったが、あれだけでも嫌という程ノワールの強さを実感できた。

 そんなノワールが、一切の容赦無く全力で襲い掛かって来ると考えると……本当に、恐ろしいね。


「だが、やるしか無いんだー! やるぞー!」


 俺は子供の姿だからこそ、羞恥心無くそんな子供っぽい声を上げるのであった。

 そうして少しの間、子供らしく声を上げて溜まったストレスと不安を発散させると、再びアジトの方に意識を集中させる。


「……前も見たが、やっぱりデカいな」


 そこにあったのは、重厚で大きな漆黒の扉だった。

 両開きのその扉には、六芒星が描かれている。

 六芒星の6つの点は、それぞれ赤、青、黄、緑、白、紫の色に淡く輝いており、中央には黒く染まった宝玉が填められていた。


「……”六英雄”とノワールの事を、暗示しているようだな」


 すると、俺の思ったことを代弁するかのように、その大扉に触れたリオルム総督がそう言った。


「さてと……準備も、出来ているようですね」


 リオルム総督の横に立つイグニスは、そう言って後ろに続く連合軍を見やる。

 すると、中から準備が終わったのであろう、幾人かの精鋭が出て来た。


「準備万端。いつでも、”祭壇”とやらを破壊爆砕しちゃるよ。ついでに、ノワールとか言う傍迷惑な奴も、木っ端微塵だ!」


 そう言って、ケラケラと笑うのは、先ほど罠部屋の罠を爆破によって無効化した、破壊神ことマレーネ隊長。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――」


 そして、その横で殺す殺す連呼している、根暗で物騒に見える黒髪の男の名は、ルイン・インバース。

 確か、アトラス共和国最強の軍人で、殺戮の中でしか生を謳歌出来ないヤバい奴だ。ただ、その殺戮には謎のポリシーを持っており、そこに当てはまらない相手は絶対に殺さないとの事。


「はぁ……なんで僕が、こんな死地に来なければならないんだ……怠いなぁ……怠いなぁ……」


 そんな彼らの後ろで、怠そうに長杖ロッドを持つ灰髪の若い男の名前はフィンブル・フォン・リーザフォルテ。15歳でありながら、帝国魔法師団の副団長の地位に登り詰めた若き実力者だ。


「んー……他にもちらほら実力者は居るが……やっぱ、皆来るわけではないか~」


 グラシア王国の王国騎士団団長や、帝国魔法師団の団長など、そもそもここに来てすらいない実力者がまだ居る。

 個人的には、そいつらも出動させろよ……と思わなくは無いのだが、やはり国防の要を全て外に出すのは、いくら神託があるとは言っても、難しいよな。

 ただ、見た感じいつでも転移魔法で出動させる準備は整っているようなので、まあ大丈夫だろう。


「それに引き換え、教会勢力は出し惜しみ無し……か」


 流石は教会勢力と言うべきか、女神エリアスの神託を受けた事で、ほぼ全ての神殿騎士の精鋭をここへ派遣している。ここでの戦いに全てを掛け、後の事は後で考えるとでも言わんばかりだ。


「……入るぞ、お前ら」


 リオルム総督が告げた開戦の言葉は、とても短いものだった。

 直後、ギギギと音を立てて、ゆっくりと大扉が開かれる。


「……」


 誰もが息を止めたかのように静かになりながらも、その様子をじっと見つめる。

 それは、俺も同じだった。

 やがて、徐々に明らかになっていく”祭壇”の間。


「……中々、凄いな」


 その中の様子を見て、俺は思わずそんな声を漏らした。

 そこは、一言で言えば壮観だった。

 部屋の中央には、森の外からも見えた巨大な漆黒の天柱が上がっており、その周りには複雑奇怪な漆黒の魔法陣がぐるぐると回っており、まるで芸術。

 そして、その天柱の前に立つ、銀髪氷炎魔眼ヘテロクロミアの若い男。

 左右違う特徴的な瞳、魔法陣が刻まれた黒い手袋を右手にはめ、黒いローブを羽織っているその男――ノワールは、落ち着いた雰囲気を纏わせながら、口を開く。


「来たか。俺を止めに――」


 そう言って、ノワールは1歩2歩と連合軍の方に向かって歩き出した。

 それに伴い、一気に緊迫とした雰囲気を漂わせる連合軍。

 これから直ぐに、戦いが始まる――そう思ったが、ノワールは連合軍と”祭壇”の、丁度にあたる場所で立ち止まると、再び口を開いた。


「……ただ、これだけは言わせて貰おう。この世界に、祝福ギフトなど――など、無くていい。人間を愛すると言いながら、ただの自己満足で、人間が長い時を経て積み上げて来た営みを――文化を壊す。神の名の重さを理解しない。人間の強さを理解しない。そんな奴に――俺は表現出来ない程の殺意と憎悪を覚えている」


 女神エリアスを全力で唾棄するノワールに、女神アリアス教の熱心な信者たる神殿騎士が、猛烈な殺意を覚えるのは確定。

 だが、女神エリアスへ勝利を届ける為か、我を忘れて飛び掛かるような真似はしなかった。

 一方、そんな殺意を柳の様に受け流すノワールは、続けてこのような事を口にする。


「さあ、俺の手を取らないか? 世界をあるべき姿に戻そう」


 そう言って、左手を前へと差し出すノワールに。

 連合軍が返す言葉は1つしか無かった。


「取らない」


「取る訳が無いだろう」


「誰が取るか」


 そう言って、皆一様にノワールへ拒絶の意思を突き付ける。

 すると、ノワールの瞳がすっと細くなり――


「そうか。なら――死んでくれ」


 こうして。

 敵の首魁――漆黒の魔法師、ノワールとの戦いが、始まるのであった。

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