第二十九話 禁忌・次元崩壊

 続く空間属性魔法の猛攻。


「”守護者”――光天蓋!」


 それに対し、イグニスは即座に反応すると、”守護者”の祝福ギフトによる強力な結界を展開する事で、リオルム総督や大怪我を負ったゼーロスを守り切る。


「てか待って~。あの爺、内部貫かれたのに生きてるんだけどー」


「しぶといな……ネイア。万が一でも、ゼーロスを転移魔法で後ろへ下げられるなんて真似は、向こうにさせるなよ」


「合点招致~。ま、向こうも妨害されることは分かってるから、やらなさそうだけどね~」


 もしこの場で、後方にいる連合軍が、空間魔法等を使用して、満身創痍となっているゼーロスを逃がそうとしたらどうなるか。

 当然、ネイアからの妨害は免れないだろう。そして、逆にその隙を突くようにして、連合軍側に少なくない被害を出される可能性が高い。

 それを分かっているからこそ、だれも動かない――否、動けないのだ。


「さて、俺も早くやらないと。ネイア、補佐を頼んだ。確実にゼーロスを殺る」


「りょうかーい!」


 直後、ネイアの空間隔離結界エクステンション・フィールドから飛び出したグーラは、一直線に倒れ伏すゼーロスの下へ駆け寄る。

 凄まじい速度――猶予はほとんどない。


「させるかっ! 凍れ!」


 そんなグーラを迎撃出来るのは、現状リオルム総督ただ1人。

 彼はすかさず右の刀身に冷気を纏わせると、何度も何度も刺突を繰り返した。

 すると、刺突されるたびにその剣先から、超速で氷の槍が飛び出し、グーラを襲う。


「速いなっ」


 リオルム総督の刺突速度に依存する氷槍の攻撃は、並の銃弾よりなお早い。

 そんな氷槍を、グーラは漆黒の大剣を無数に展開し、盾とすることで防いで見せた。

 更にその間、リオルム総督へもいくつか漆黒の大剣飛ばしており、少しでも自らへの負担が減るよう工夫している。


「燃えろ!」


 刹那、漆黒の大剣を軽い身のこなしで避けたリオルム総督が、いきなり炎纏う左の剣を前方へ勢いよく振り下ろしたのだ。

 その衝撃で地面には一直線に地割れが起き、更にその線に沿うようにして、爆炎が勢いよく放出される。


「ぐううううううぅ――」


 これにはたまらず、大きく横っ飛びをして回避を選択するグーラ。


「……流石にそう上手くはいかないか」


 出鼻を完全に挫かれた事に、グーラは内心焦りながらも、平然を保ちながらそう言うのであった。


(マズいな……時間が無い。ネイア、そろそろ……本気を出してくれ)


 そして、グーラはちらりとネイアの方を見ると、目で合図を送った。


「早いなぁ。グー君……おっけ」


 一方、イグニスの足止めをしていたネイアは、グーラの合図をしっかりと受け取ると、儚げな笑みを浮かべてそう言った。そして、腰のホルダーに手を入れた。

 そして、そこから液体が入った小瓶を1本取り出すと、その中身を一気に飲み干す。


(マズい――)


 その様子を見ていたイグニスは、咄嗟にマズいと思い、目を見開いた。

 だが、そんなの意に介さず、ネイアは詠唱を始める。


「世界の法典に背く奇跡。我は神に抗う者なり――」


 その呪文の始まりは、先の突入作戦で死んだ部下の一部を蘇生した、禁忌の魔法と同じもの。


「存在を否定する。この世界の、この場所を――」


「リオルム! あれを止めろ!」


「分かってる!」


 刹那、イグニスは最大出力で”守護者”を発動させると、一気にネイアへと接近する。

 一方リオルム総督も、グーラへ最大出力の大吹雪ブリザードを放出して妨害しつつ、一気に距離を詰める。


「”守護者”――無に帰せ!」


 やがて、ある程度接近してきた所でイグニスは、”守護者”の裏技的な能力――相手の守りを解析する能力を利用して、ネイアの守りである空間隔離結界エクステンション・フィールドをやや強引に破壊した。

 かなり消耗するが、仕方ない。それよりも、ネイアを止める方が先だ。


「次元の壁よ。打ち砕け」


 だが――あと1呼吸分、間に合わなかった。

 直後。

 奇跡――禁忌・次元崩壊ディメンション・ディストラクションが発動する。


 ―――――――――

 ―――――――――

 ―――――――――

 ―――――――――


 無音の破壊が行われ、前方の空間――否、次元、世界がゴッソリとした。

 そうして現れる虚空――だが、それは世界の修正力によって即座に収縮し、消えてしまった。

 これでは、流石に3人全員……


「……なんで、死ななないのかなぁ?」


 ……死んでは、いなかった。

 前方を見れば、そこには満身創痍の状態で”守護者”を発動し続けるイグニスと、ほぼ無傷でイグニスに守られるリオルム総督の姿があったのだ。


「はぁ、はぁ……死んでは、ないぞ……?」


 しかも、ポーションを使用したのか、逆に立てる程度にまでは回復してしまった、ゼーロスも居る。


「その首、貰うぞっ!」


 そして、3人の中で唯一まともに動けるリオルム総督が、冷気を宿した剣を振るう。


「させるか――ごほっ……!」


 当然、ネイアは応戦しようと唇を震わせる……が、次の瞬間吐血してしまう。

 薬を使い、肉体改造を施し、魂まで削り……身の丈に合わない魔法を使ってしまったが故の代償。

 そしてその隙を突く様に、リオルム総督の剣が振られ――


「があっ!」


 次の瞬間、血飛沫を上げたのは総督。

 そんな彼の、背後には――


「死ね……ぇ!」


 目を充血させ、体中の血管を浮き出させながら、漆黒のレイピアをリオルム総督の背中に突き刺す、グーラの姿があったのだ。


(速、過ぎる……!)


 背後から来る気配は感じた――だが、余りにも速過ぎたのだ。反応しきれなかったのだ。

 しかし、むざむざ斬られた訳では無く、寸での所で身体を捻らせたお陰で、致命傷には至っていない。


「死ね!」


 だが、続けて今度は背後から迫るネイアの短剣。

 無理だ――これは避けられない。

 救援も間に合わない。

 死ぬ――そんな思いが、リオルム総督の頭を巡った――次の瞬間。


「がはっ!」


 ネイアの首を、ミスリルの剣が貫いたのだ。

 致命傷を喰らい、ゆっくりと地面へ崩れ落ちていくネイア。


「……は?」


 予想外の出来事に、戦闘中であるにも関わらず唖然としてしまうリオルム総督。

 すると、倒れ行くネイアの背後から、音も無く1人の少年が姿を現した。


「ふぅ。ようやく隙を晒したな……ネイア」


 その少年――シンは安堵の息を吐くと、そんな言葉を言うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る