第32話
アイクの嗅覚のおかげで二人はすぐ見つかった。
どちらも枝葉を纏い、発見時には微動だにしていなかった。
特にリメイは満身創痍だ。
フウカはまだ意識はあったが、アイクが駆けつけた時には木の幹に背を預けた状態で、その場から動かなかった。
二人を回収後、軍は汽車を緊急手配し、セントラルへ護送した。
病院に運ばれたリメイは集中治療を受け、そのときようやく腹部の銃弾が摘出された。傷口も縫合されたが、深刻だったのは血液不足だ。
適合する血がなく輸血もできない。
自己回復を待つしかなかったのである。
生死の境を彷徨ったリメイは微睡みの中、夢を見ていた。
――わたし、気づいちゃいました。
最後に聞いたその言葉。
夢の中で、フウカは相変わらずエヴァンス邸でハダルの無理難題に対応しながら駆け回り、時折、リメイを気にかけて部屋の中を覗いてきた。
穏やかな日々が過ぎていく。
庭園で朽ち果てたパワードスーツの操縦席に座り、読書に耽るリメイに、フウカは問いかけた。
『リメイ様はお勉強熱心なんですね』
『私、まだ半人前だから、勉強して認められないと一人前になれないの』
フウカは目を瞬かせて鳥のように小首を傾げた。
『認められないと一人前じゃないのですか?』
『軍人ってそういうものよ』
『そうですか……。わたしはリメイ様を認めてますよ』
『どうして?』
『生きづらい人間社会に、ちゃんと溶け込んでるではないですか』
フウカは微笑んだ。
『それじゃ意味がないの。みんなに認められるには、功績が必要なのよ』
『……』
惜しむそうにフウカは目尻を下げた。
――憧れていたんです。
リメイは、初めて彼女と遭った日のことを思い出した。
駅に降り立ち、澄んだ空気を思いきり吸い込みたくてガスマスクを外した。油断したあの時、フウカが傍にいて、その姿を見られた。
彼女はどんな表情をしていただろうか。
失態を隠そうと焦っていたというより、違う理由で狼狽していたように思う。
同じ隷血種のリメイが人間の粛清の象徴たる軍服を身に纏っている。
その凛々しい姿に憧れを抱いても不思議ではない。
――だから殺しました。
第三の犯行。レヒドを殺したことは、村の平和の為だっただろうか。その殺人で、リメイを村に留まらせられると本気で考えたのか?
狡猾なフウカが、そんな浅はかな考えで殺人に至るとは思えない。レヒドが死ねば、リメイは後ろ盾を失う。その結果、立場が変わって前線に送られる可能性もあった。
それなら、嫉妬感情によるものだろうか。
士官学校の卒業証を手に入れ、リメイは将校階級を貰う資格を得た。その恵まれた境遇を妬んで、腹いせにレヒドを殺した?
――否。それも違う。憧れを抱き、ご主人様だと認めた相手に、追い詰められた彼女が最後に告白した言葉が「憧れていたんです」――。
ああ。きっと手向けの言葉だったのだろう。
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