第25話


 まず机の引き出しを漁る。

 盗撮写真が仕舞われていた引き出しには他に郵便物や軍の通知書が多く、亜人種の情報に結び付きそうなものはない。

 他の引き出しには、彩り豊かな扇子が豊富に収納されていた。

 それ以外には化粧道具ばかりが揃えられている。ハダルの人柄を思い出し、引き出しは期待できそうにないと諦めた。

「そっちはどう?」

 開閉式のキャビネットを調べるイチカに声をかけた。

 イチカは手鏡や香水、口紅、頬紅を掲げ、肩を竦めていた。

 次は本棚。

 レナンス山脈の麓からディルクロロの森に至る地形を図解した本から、対獣人種向けの戦術指南書まであった。どれも古い本だ。

 獣人種は身体能力や敏捷力、五感が優れる反面、手先は器用ではない。

 獣人種の国家は近代兵器に触れる機会が少ないため、銃火器の類いは弱点となる。積極的に最新鋭兵器を投入すべきと解説されていた。

 情報が少し古い。戦渦が広がる前の十数年前の本だろう。

 今では獣人種も近代兵器を密輸入するようになり、訓練に取り入れている。兵器生産力は人間に劣るが、誇り高い彼らの訓練は人間が行うそれより過酷だ。

 その隣には、対鳥人種や対巨人種の戦術指南書もある。

 代々陸軍で将校を担った家系ともあれば、当然の品揃えと云えよう。

 本棚の端まで見終わる。最後、一番端の区画に並んだ本は比較的新しく、動物の生態や解剖学に関連する本が多かった。

 執筆年は最近だ。ハダルが買ったのだろう。

 その一つを手に取って開く。

 タイトルは『種族と夜 ‐生態系読解‐』と書いてある。

「――リメイちゃん。目当ての情報はあった?」

 イチカが別の棚の本を抜き差ししながら話しかけてきた。

「ううん。でも、面白そうな本があって」

 部屋の中央のソファに腰かけ、本を読み始めた。


 獣人は夜になると、月光を浴びて五感が研ぎ澄まされる。

 古代では月光に魔力があると信じられていた。

 人間はその狂気に当てられ、亜人は先祖返りし、猛獣と化す。――迷信だが。

 実際は、月の引力を原因とする生理現象。元より夜行性に適するよう、月の引力に敏感な個体が生き残り、そう進化したのだと云う。

 一方、鳥人種について。

 鳥人種は狡賢く、他種族を利用する習性がある。

 魚人種が獲った魚を盗んだり、獣人種に子育てを任せる托卵習性があったり、巨人種の寝床に共生したりと【寄生】を基本習慣とする。

 それゆえ、他者に敏感で共感性にも長ける。帰属集団への協調性や社会性は強く、中には親や族長に対する忠誠を示す個体もいると云う。

 幼体で独り立ちする獣人種や魚人種との違いはここである。

 世界各所の神話や魔女伝承、人狼伝説で描かれる卑しい存在も、鳥人種がモデルではないか、とまで本に記載されていた。――この頁に付箋が貼られている。

「なんで付箋……?」

 リメイは頁を捲る。

 また、鳥人種は頭が良いだけでなく、目もいい。

 獲物を捕るために視力を使うのではなく、他者観察眼として利用している。鳥類と違って夜目が利き、動体視力もいいことが鳥人種の特徴だ。

 また、主な攻撃手段は爪や翼。飛翔能力もある。

 特にその鋭利な爪は獣人の強靭な皮も貫くことができ、空から強襲するなどの凶暴な一面もあった。戦後、人間が衰退すれば、鳥人種が世界の支配権を握る可能性がある。と末尾に書かれている。

 確かに恐ろしい存在だが……。

 リメイは数日前に書庫で読んだ『黒人狼伝説』を思い出していた。


 ――森で、美しい黒銀の毛並みを持つ獣が保護された。

 ――村人は獣を村で育てることにした。

 ――獣が棲みつくようになってから村人が一人、また一人と死んでいく。

 ――獣は災いの象徴として忌み嫌われ、殺された。

 ――以来、森の奥には黒い獣の怨念が彷徨い歩いている。

 ――獣は復讐を狙っているぞ。気をつけろ。時には人の姿を借りて現れる。


 この伝承、獣人種の血を引くリメイは疑問を感じていた。

 描かれる『黒人狼』が獣人種の特性と合わない点がいくつかある。

 獣人種は他種族と群れず、単種族国家を形成しやすい。仮に他種族の集落に単身で迷い込んだとしても異種族の村に棲みつくはずがないのだ。

 誇りを貫き、一人でも戦い抜くだろう。

 むしろ『黒人狼伝説』は鳥人種の習性の方が当てはまるのでは――。

 そんな思案に耽るうち、瞼に重みを感じ、リメイはついついソファで眠りこけてしまった。追悼式からかなり気を張っていた。

 あの式典に亜人種は紛れ込んでいなかっただろうか。

 いずれかの亜人種の習性に合致する人物がいたような。

 そういえば……。

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