四章「冷血の縄張り」
第21話
軍当局に連絡が入り、ハダルは軍法会議にかけられることとなった。
辺境の村とはいえ、佐官が起こした不祥事だ。軍の対応も早い。
村の殺人事件も、当初は領主の自治権の対象として放置されていたが、それが軍関係者の犯行とあっては大問題だ。正式に鑑識も呼び、調査された。
結果、地下室の肉切り包丁と死体の傷口の刃型が一致。
凶器も特定され、ハダルの犯行として処罰されることになるだろう。
リメイの疑いも晴れた。
「――でも、動機が何一つわからない」
屋敷に忙しなく出入りする軍関係者を遠目に眺め、リメイは呟いた。
庭園のパワードスーツの搭乗席から外側に足を投げ出して座り、リメイは頬杖をついて考え込んでいた。
この先は軍部の捜査案件だ。リメイには関係ない。
ただ、どうしても気になった。
「大変だったな。リメイ」
ハダルの不祥事を聞いて駆けつけたレヒドが小走りに駆け寄ってきた。
リメイは溜め息をつきながら彼を迎えた。
「教官。アンタが私をここに送り込んだんでしょうが」
「すまなかった……。いやぁ、まさかハダル少佐がね。元からサディストな一面はあったが」
レヒドは参った参ったと軍帽で顔を扇いだ。
今でこそ士官学校教官という、うだつの上がらない軍の末席に身を置くレヒドだが、全盛期は凄腕の指揮官だったと聞く。立ち居姿を見ても、すらりと伸びた背筋からは当時の威風はかろうじて垣間見えた。
「フウカの様子は?」
ふとリメイが尋ねる。珍しく他人の心配をする娘に、レヒドは驚いた。
「ああ。彼女は軍医に診てもらってるよ。精神状態は安定してるそうだ。意外とメンタルは強そうだ」
「そう……。よかった」
「でも体中に痣があった。日常的に体罰を受けていたのだろう。そっちは経過観察が必要だろうね」
リメイは目を伏せて歯軋りした。
「その子が気になるかい?」
「まぁね。村を案内してくれて、親切にしてくれたもの」
「おや。友達だったか」
友達――。そんな風に考えたことはなかった。
リメイには今まで友達らしい友達はいない。孤児として軍に拾われ、幼少期からガスマスクを手放せなかったこともあり、誰も近寄らなかったからだ。
フウカとは打ち解けられそうな気がする。
ただ、せっかくの友情の芽も、もうすぐ摘まれてしまうだろう。
ルイス村には校外教練として実習に来た身であり、派遣先がこんな有様では異動は避けられない。軍人の宿命である。
「そういえば、私はどうなるの?」
思い出したようにリメイは尋ねる。
「そのことだが……」レヒドは声を潜め、耳打ちした。「夕食はエヴァンス邸の食堂でどうだ。ちょっと相談があるんだ」
「私は食べないけど」
リメイはガスマスクを指で軽く叩く。
「構わないよ」
レヒドの声音が妙に胡散臭い。
またろくでもない相談であることは見え透いていた。
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