第18話
お姫様抱っこは丁重に断り、村外れの教会まで向かった。
壁の蔦の何処にも糸瓜が生えていないことを指摘すると、アイクは全部食べてしまったと頭を撫でながら悪びれた。
悪びれる相手が違うだろう。
アイクは外で待機させ、リメイは一人で教会に入った。
一番奥の古ぼけたステンドグラス前まで行くと、台座の前にてイチカが両手で祈りを捧げていた。モノクロな修道女は色彩豊かなステンドグラスと対照的だ。
「イチカさん。さっそく遊びに来たわ」
誘われたから来てやった。そんな風に声をかけた。
「あら? リメイちゃん。嬉しいな」
どうやらイチカはまだ何も聞いていないようだ。
ほっと胸を撫でおろし、リメイは台座まで歩み寄る。
台座には二体の包み袋が並べられ、ファスナーも閉められていた。エリクとラーシュの遺体だろう。二人とも独身で身寄りはない。このまま埋葬しやすくするため、既に死体袋に入れられていた。
「遺体を確認したいんだけど」
「また領主様からの命令?」
「そんなところ」
リメイはファスナーを開け、ラーシュの遺体を確認した。
エリクと同じように腹部を横一文字に裂かれ、臓物が引きずり出された形跡がある。同じ手口だ。同一犯だと思われる。
イチカに頼み、エリクの遺体ももう一度調べた。
道端で襲われたわりには綺麗な遺体だ。突然、道で襲われたなら抵抗して手足に怪我の痕跡があっていいだろう。
顔見知りの犯行の可能性がある。
「遺体はいつ埋葬するの?」
「クダヴェル州ではメルペック教の教えに則って、故人に別れを告げる期間を七日間設けるの。それから火葬になるよ」
「じゃあ、しばらくは安置ってことか」
「一応ね。でも何か事情があったら埋葬の日取りも変えるけどね」
遺体を検証するなら期限付きだった。カメラも持っていない。
「イチカさん、二人が殺されたのはなんでだと思う? まさか黒人狼がやったなんて思ってないよね?」
「まさか。黒人狼なんて迷信、信じてるのは村の人だけじゃないかな。私は逆にその妄信的な雰囲気の方が怖いかな。田舎〜って感じ」
わざと両腕を交差して怖がるフリをするイチカ。同じよそ者としてリメイは親近感を覚えた。確かに村は狂信的だ。
安心したリメイは質問を重ねた。
「私を犯人だと思わないの?」
「ふふ、リメイちゃんが犯人だったら……」
イチカは虚空を眺め、何やら物憂げな表情を浮かべた。
「だったら?」
「ううん、なんでもない。リメイちゃんが犯人のはずない。だって殺す必要ないじゃない」
「私の正体が人狼で、村人全員殺す機会を探ってるとか」
リメイは本で読んだ『黒人狼伝説』を引用した。
「人狼だったら、もっと派手にやるんじゃないかな。ご遺体、だいぶ綺麗よ」
イチカが死体袋二つを見やる。
リメイも視線を追いかけた。二人は腹部の裂傷が目立つが、他は綺麗だ。
こうして見ると、喧嘩を重ねていた二人が死後に並べられている姿はなんだか皮肉に思えた。
「そういえば二人がよく喧嘩していた理由って、イチカさん知ってる?」
「えっ……」
何気ない質問だったが、予想外に狼狽している。
「し、知らないわっ」
「え、知らない? ――黒人狼事件でエリクさんの農場が踏み荒らされて廃業になったんだって。エリクさんは生き甲斐を取られて、ラーシュさんにちょっかいを出すようになったって話」
「あ、あぁ。そういえば……そうだったかな」
イチカの様子がおかしい。
「……?」
まさか真犯人がイチカだということは考えたくない。凶器を持たぬシスターが人間の腹部を横一閃に捌くなど不可能だ。
リメイは今一度、遺体二つに目を向ける。
ふと二人の左肩の付け根に、ペン一本分程度の穴が空いていることに気づいた。
最初は切り裂かれた腹部に注目していたが、よく見るとどちらの死体にもほぼ同じ箇所の肩に穴がある。銃弾による傷にしては、くっきりとした傷口だ。
「これ、なんだろう」
「どれ?」
「ほら。ここに穴が空いてる。二人とも」
「本当だわ。よく気づいたね」
左肩の肌が一ヵ所だけ陥没したようになっていた。
直接、杭や錐のようなもので抉らないと、こんな風にはならない。
他の部位も調べたが、穴が空いているのは左肩付け根の一ヵ所だけだった。どうしてそんな傷がついているのか、皆目見当もつかない。
「凶器の関係……? お腹を裂く前に太い釘で固定したとか……」
「なんだか気味悪いね」
この傷は凶器を特定する重要な手がかりになる気がした。
イチカに別れを告げ、教会の外に出た。アイクの姿は見えなかったが、道を逸れて森に一歩足を踏み入れると、木の上から豪快な音を立てて舞い降りた。
「なにしてたのよ?」
「腹ごしらえだ」
アイクは何かを咀嚼している。口から血筋を垂らす様子を見て、生肉を食べたのだと気づく。リメイは不快そうな目を向けた。
「お前も食うか?」
剛腕には鳥の死骸が握りしめられていた。
間違っても、この男が被害者二人をあんな綺麗に殺せるはずがない。もし人間を殺すとしたら首を一捻りか撲殺だろう。
「いらない」
「不思議な女だ。いつも何を食べてるんだ?」
「人間と同じもの。パンとかバターとか野菜とか……肉はあまり食べない」
「うげぇ。よく腹を壊さないな」
「別に、平気よ――。それで育ったんだから」
アイクのような存在の方が稀有だった。
亜人種は人間の血が混じった隷血種を忌み嫌う。必然的に亜人種の生活コミュニティでは暮らしていけなくなるため、隷血は多様性に寛容な人間社会で育つことの方が多い。――とはいえ、人間社会でも穢れた血だと差別する者はいるし、戦争中の国際情勢では、人間と比べて高い身体能力を利用しようと兵士として戦場に送られることが多い。――軍人として隷属しなければ生きていけぬ宿命だ。
「ヘチマハウスで収穫はあったか?」
「まるで私が糸瓜を採りに行ったみたいに聴こえるわね」
「そうじゃないのか?」
「違うでしょ! もうっ……何のために教会に来たと思ってるの」
アイクは顎を撫でながら考え込み、思い出したように口を開いた。
「ヘチマしか思い出せない……」
「信じられない!」
リメイはしびれを切らし、アイクに教会で聞いてきたことを話した。
イチカが黒人狼の存在に懐疑的であること。
死んだ二人が生前喧嘩していた理由について、何かを隠そうとしたこと。
二人の遺体には左肩の付け根に抉り取ったような穴が空いていたこと。
「――穴だと?」
他の話は些末な事と言わんばかりに聞き流したアイクだが、穴には反応した。
「ええ。腹部の裂傷以外、傷はそれくらい。私の見立てでは凶器が関係してると思うんだけど……。体を固定するために杭を打ったとかね」
「おう。拷問器具なら最近も見た」
「拷問……? どこで?」
「お前が肉を運び出してる洋館の地下だ」
「エヴァンス邸? 嘘でしょ――」
灯台下暗し。領主が犯人だとは誰も思わない。
しかし、ハダルならアリバイを作ることも、エリクとラーシュに近づくことも容易だろう。村では領主権限で幅を利かせやすいのだから。
調べてみる価値はありそうだ。
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