第16話
アイクは既に行動に移っていた。
ダイナーの食糧庫にリメイが居るのだ。
アイクの脚力なら、彼女たちより先に到着できる。
廃戦車の砲塔を担いだまま、邸から跳躍して村の大通りに飛び降りた。匂いを辿り、独特の料理の匂いが漂うダイナーを目指す。
リメイは一見、強かな女に見える。だが、その実、内面の弱さを隠すために、外面を塗り固めた仮面の女だ。
常備するガスマスクはそんな性格の表れだ。
そのせいか対外的な物事に無関心で、人の嘘や計略に気づけない。士官学校で落第を言い渡された敬意も、そんな無頓着さが招いた結果だった。
アイクはそんなリメイの本質を、言葉にできずとも気づいていた。
人間は外面ばかり気にする。そういう輩は、羊の亡骸にコートをかけるような慈悲は見せない。羊の命の尊厳より、コートの清潔さが大事だからだ。
リメイは違った。
――だからだろう。アイクはリメイに興味があった。
人間社会に身を寄せつつ、人間に染まらない彼女に――。
無垢でいられるリメイを羨ましくさえ思う。それもこれも、ガスマスクの裏に隠された過去に秘密があるのだろう。
あっという間にダイナーに着いた。
入り口のドアを押し開けたら簡単に鍵がへし折れた。背を屈めて中に入り、カウンターと厨房を越えた場所に食糧庫を見つけた。
試しに廃戦車の砲塔をフルスイングすると、なかなかどうして良い鉄槌になった。扉は粉々に砕けた。
「え……?」
リメイが目を丸くしてアイクを見ていた。相変わらずガスマスク着用だ。
「どうして此処がわかったのよ?」
「アンジェリカって女が言っていた。領主の家で叫んでいた。直に使用人の女と一緒にやってくる。俺と来い」
「ちょ、ちょっと待った。ついていけない」
「奴らはリメーが人間二人を殺したと思ってる。……いや、リメーと俺が」
「はぁ? 私が? あなたと?」
突飛な推理だったが、一緒にいるところを目撃されたせいだろう。リメイは改めて昨晩の油断を後悔した。
「逃げないと酷い目に遭う。行くぞ」
「うーん……」
リメイは粉々になった扉を睨んで考えた。先々の展開を想像する。
破壊された食糧庫の扉。どう見ても華奢な体格のリメイにできるとは思われず、仲間の黒人狼が手引きしたと勘違いされるだろう。
リメイが残ろうが、立ち去ろうが、殺人の疑いは強まる一方だ。
「仕方ないわね……」
いっそ逃げた方が真犯人を捕まえるチャンスも生まれるだろう。
「わかった。でも、後で扉を破壊したことは追及させてもらうわ」
「頭が足りなかった。許せ」
「ふふ、不器用な奴ね。まぁいいわ」
不器用な女に不器用と罵られてアイクは心外だった。
しかし、このとき初めてリメイとアイクは協力関係を結んだ。今まで飼育当番と猛獣の関係だったが、これからは同じ立場。――解き放たれた猛獣二人である。
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