第14話


「さっさと入れっ」

「逃げも隠れもしないってば……」

 リメイはアンジェリカに拳銃を突きつけられ、ダイナーの食糧庫の一室に押し込まれた。

 拳銃を取り上げられ、縄で縛られたときもリメイは抵抗しなかった。

「変だと思ってたんだ。アンタが来てからルイスで変なことが起こり始めた。羊が盗まれたのも、エリクさんやラーシュさんが死んだのも、アンタが来てすぐだ」

「私が全部やったって?」

「アンタが黒人狼の仲間ってことは間違いない」

「……」

「リメイは人狼の仲間なのかい? 軍人のフリして、あたしたちを騙そうとしてたってことか?」

 リメイは黙秘した。

 アイクの姿を見られたのは痛手だった。

 情報通のアンジェリカのことだ。隷血種がエヴァンス子爵家で捕らえられていると知ったら村中に知れ渡り、敵愾心がハダルに――ひいてはミザン帝国陸軍に向けられることになる。

「喋らねえってことはクロだな?」

「否定したって無駄でしょ。私の身元は少佐が保証してくれるわ」

「おう。明日、ハダルの家にみんなで押しかけてやる。それまでここで大人しくしてな」

 アンジェリカは軍服の上からリメイの体を触り始めた。

 ボディチェックのつもりなのだろう。銃も取り上げて随分と強気だった。

 胸の膨らみまで執拗に手で弄って確認された。どうもリメイの胸は、同性の女子に揉みしだかれる宿命にあるようだ。

 しかし、靴までチェックしないのはやはり素人。

「一つ、忠告しておくけど――」

「なんだよ?」

「銃はセーフティを外さないと引き金を引けないって知ってる?」

「んなこと知ったことかっ」

 アンジェリカは舐められたと思ったのか、怒ったように食糧庫を出ていってしまった。ドアに施錠をかけられ、冷気とともに静寂と闇が室内を覆った。

 狙い通り、靴まで確認せずアンジェリカを出て行かせることに成功した。

「ふぅ」

 ボディチェックも縄の縛り方も素人だ。

 リメイはしゃがみ込み、靴底に隠していたコンパクトナイフで縄を切断した。手足の自由は確保できたが、食糧庫から脱出する手段はわからない。鍵穴らしきものは食糧庫内部からは見当たらず、入り口は外側から南京錠をかけるタイプのドアなのだと理解した。

 窓も一つもない。

 そもそも今は脱出する意味はないかもしれない。

「怒られるかな……」

 ハダルが立腹する様子が頭に浮かぶ。

 アイクが廃戦車を離れて動き回れることをハダルには報告していない。

 今回のアイクの目撃情報をハダルが聞いたら、リメイが知っていたことも当然バレるだろうし、隠蔽も失敗に終わったのだから叱責は免れない。

 報告漏れは、アイクに情が湧いたからではなかった。

 自分を偽りながら村に居座るアイクの狡猾さが自身の境遇と似ていて、このまま彼を見届けていたかった。獣人の隷血種であることを隠し、軍に身を置くリメイもまた同じ存在なのだ。

 きっと彼があそこに居続ける理由があるはずだ。

 ましてや人殺しなんて低俗な動機ではないだろう。


 リメイは食糧庫の壁際に座り込み、今までの情報を整理することにした。

 エリクとラーシュを殺害した犯人は、ある程度絞ることができる。アイクの言葉を信じるなら、リメイと接触した人物を思い出せばいい。

 犯人候補は四人いた。

 領主のハダル・サビィ・エヴァンス。

 侍女のフウカ。

 ダイナーの看板娘、アンジェリカ。

 教会の修道女、イチカ。

 あとは、村に来た初日に道ですれ違った老婆くらいだが、これは候補から外してもいいだろう。殺害動機も人を殺す体力も乏しい。

 殺人の実行性が一番高そうなのはアイクだ。アリバイもない。

 だがアイクも加えるとなると、リメイと接触した人物が犯人という前提から崩れるため、今は候補から外す――。

 また、普段、エヴァンス邸にいるハダルやフウカが農夫に殺意を抱くとも思えない。村の揉め事に一番身近なのは、やはりアンジェリカとイチカだ。

 特にアンジェリカは二人が通うダイナーの看板娘。

 一番有力な犯人候補はアンジェリカなのだ。

「うん。やっはり怪しい」

 アンジェリカはエリクが死んだ日の朝、冷静に対処していた。

 死体を観察してすぐシスターを呼びに行っていた。

 ラーシュが死んだ日の夜も裁判に遅れてやってきた。

 大事な裁判だと言う本人が遅刻するとは矛盾している。

 ラーシュの農場に訪れたときも、殺人鬼か黒人狼がいるかもしれないという恐怖に包まれた中、リメイの銃を見て、興奮する様子さえ見せた。

 動機は――今までの鬱憤でも何でも出てくるだろう。

 問題は証拠を掴めるかどうかだ。尋問で吐かせることもできるが、リメイの悪評が村人に広められている今の状況では、下手なことをすれば逆効果になる。

 失態を犯したリメイを、ハダルが信用するかもわからない。

 問題は山積みだった。

「はぁ……。さっそくトラブルか」

 頭を整理し終えたところで、ひと眠りすることにした。

 久しぶりに力を解放し、体が休息を求めている。

 リメイはガスマスクのベルトの結びを確認し、膝小僧に顔を埋めることにした。

 食糧庫の冷気が肺腑に染みる――。



 リメイが生まれたのはミザン帝国の隣国、パフィリカ共和国の山岳帯だった。

 古くは牧畜文化で生きていた温厚な人間が定住した地域で、獣人種の遊牧民族とも交易するほど開放的な気風の民族だ。

 そんなパフィリカだが、人間文明の発展に伴い、主産物が鉱石に変わった。

 山岳体には潤沢な鉱脈があったのだ。

 ミザン帝国は列強の軍事国家として世界に名を馳せる中、パフィリカの鉱石が銃火器生産の要となっていた。

 リメイの父親も鉱夫で、鉱石採集で生計を立てていた。

 ミザン帝国陸軍は兵器開発の副産物で生まれた爆薬を採掘に転用し始めた。

 リメイも爆薬が身近にある家庭環境で育った。過激な爆破採掘では、鉱山にガスが充満することも多く、ガスマスクは父親の仕事に必携だったのである。


 ――ある日、事故が起こった。

 爆発事故は珍しくもない。鉱石の産出国ではよくあることだ。

 爆発事故で二十人が岩石の下敷きになって死に、十人が充満したガスで中毒死した。唯一、生き残ったのは一人の女の子だった。

 父親に押し付けられたガスマスクで必死に息をする女の子が、事故現場の整地作業のときに偶然見つかったのだ。

 リメイはそのとき軍に拾われた。

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