第11話


 村の外れにある教会。

 壁面には蔦すら這い、掃除も満足に行き届いていなかった。

 ルイスでは黒人狼のような迷信は信じがちだが、神への信仰が強い者は多くないのだろうか。

 ――祈りに来る参拝者は少ない。教会に不釣り合いなガスマスク装備のリメイを快く迎えた修道女はそう語った。

 手早く自己紹介を済ませる。

 シスターの名は、イチカと云うそうだ。

 色白の肌と黒い修道女の服が対照的で、まるでモノクロ写真を見るような希薄な雰囲気を纏う女性だった。瞳も虚ろだ。

「領主様の遣いの人が来てくれて助かったわ。ちょっぴり心細かったの……」

「担架で遺体を運んだおじさんたちは?」

「すぐ帰っちゃったわ。人任せなのよ。この村の人たちは」

 どこか他人事のような言い草だ。しかし、村の住人がいないなら教会に来たのは無駄足だった。

 ハダルの指令を全うするには、村人の様子を確認する必要がある。

「でも、リメイちゃんみたいなお嬢さんが来て安心するなんて、私、ダメなお姉さんだね」

 舌を出すイチカの仕草には愛嬌を感じさせる。

「お気になさらず。私、軍人だから」

「わぉ。かっこいいね」

「別に、普通だし――」


 教会の遺体安置所へ通され、リメイはエリクの死体を確認した。

 死者に被せる布を捲り、腹部を確認する。臓物が引きずり出されて作業着は血まみれだ。よく見ると損傷は少ない。獣が食い荒らした形跡もなかった。

「ひどいよね……。エリクさん、不幸が重なっていたのに、こんな死に方……」

 リメイは再び布を被せた。確認完了。

「遺体は解剖するの?」

「えっ……」イチカは予想外に戸惑っている。「しないと思う。みんなで弔って埋葬するわ」

「事件性があるのに調べないのね」

「だって犯人はルイスの誰かでしょう? ご遺体を調べなくてもすぐ捕まるよ。この村で隠し事はできない。『裁判』が始まれば、わかることだから」

「ふむ……」

 アンジェリカも同じことを言っていた。

 ハダルの憂いは、犯人特定が長引くうちにアイクの存在が知れ渡ることだろう。早く犯人が判れば、その懸念も払拭できる。


「――ところで、リメイちゃんは村に来てみて印象はどう?」

 イチカは唐突にそんな質問を投げかけた。

 隠し事ができない村社会をどう思うか、という意味だろう。セントラルからやってきたリメイに興味があるようだった。

「どうもこうもない。……距離感に悩むくらいね」

 アイクやアンジェリカ、上官であるハダルの顔を思い出しながら呟いた。

 任務の対象となるアイクは何を考えているのかわからない。

 同世代のアンジェリカは恐ろしく距離が近いと思えば、些細なことをきっかけに嫌われそうになる。

 ハダルはたまにいやらしい目つきでリメイを見る。

 まともなのはフウカくらいだ。

「ふふ、田舎すぎて戸惑うこともあるだろうけど、リメイちゃんならすぐ打ち解けられると思う。ここは個性に寛容だからね。もし良かったら、教会にも遊びに来てね」

 イチカの言う通りだ。

 士官学校では、あれほど奇異の目を向けられたガスマスクも、この村に来てから揶揄われたことがない。

 神聖な場所へ遊びに来いとは怠慢なシスターが居たものだ。

「イチカさん、話し相手でも欲しいの?」

「ふふふ、そうかも。私も修道院から派遣されたよそ者なのよ。――役目は違うけど、リメイちゃんと境遇は似てるんだ」

 イチカの眉尻を下げる仕草に秋波を送られた気になり、拒絶反応が出た。

 同じよそ者とはいえリメイは到底、他人を信用することはできない。士官学校で烙印を押された原因が、トラウマとして甦る――。

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