第9話
ルイス村の中央広場から駅に伸びる一本道がある。
その道端の真ん中にエリクの死体が横たわっていた。発見した村人は水汲みのため、川へ向かうところだったそうだ。
平和な田舎村に似つかわしくない殺人事件。
早朝から叫び声を聞きつけた村人は様子を見に集まり、不穏な空気に騒然としている。リメイはそんな様子を遠巻きから眺めていた。
まだ朝の支度も終わっていないアンジェリカが飛び出してきて、人混みをかき分けてエリクの死体を確認すると、故人を悼むように布をかけた。
「こいつは惨い。腹が滅茶苦茶に切り裂かれてる」
アンジェリカは腕で口と鼻を押さえ、その場を離れた。
間もなくして村唯一の聖職者を連れてアンジェリカは戻った。
ルイスには牧師が不在で、シスターだけが教会の派遣で滞在している。
不慣れなのかシスターも慌てた様子だ。死体は男たちが担架に乗せて運び出していった。
「――なんだい。リメイも居たのかよ?」
事態が収拾するのをじっと見ていたリメイに、野次馬が散り散りになった頃、アンジェリカが声をかけてきた。
棒立ちで何も手伝わなかった軍人を非難する目つきだ。
リメイはアンジェリカを睨み返した。
「随分と落ち着いてるのね。シスターを呼ぶのもスムーズだった」
「落ち着いてられっか! 殺人事件だぞ。しかも、うちの店の常連さんだ。これで落ち着いてたら大層な薄情モンだね」
「殺人事件……」リメイは目を細めた。「本当に殺人事件なの?」
意表を突かれたアンジェリカは、言わんとしたことをすべて固唾として飲み込んだ。切迫していた自分を改め、眉間に皺を寄せて問いかける。
「どういうこった……?」
「野犬にでも襲われたのかもしれない。それとも事故とか」
「事故なワケあるかよ。エリクさんの腹、酷い状態だったぞ」
アンジェリカは捲くし立てるように語気を強めた。
「あたしも生まれてこの方、ルイスで十七年過ごした。こんな物騒な事件、黒人狼以来だ。しかも住人が突然死ぬだなんて……」
また黒人狼。村の間で『黒人狼』は共通語として独り歩きしている。
故人となったエリクが遺した言葉通りだ。村人は黒人狼の幻影に囚われたまま、疑心暗鬼と狂気に呑まれて日々を過ごしていた。
リメイは踵を返し、エヴァンス邸に引き返すことにした。
「あっ、おい! どこに行くんだ?」
「帰る」
アンジェリカは話し足りない様子だった。
だが、リメイには関係のない話。――彼女は駐在でも保安官でも、ましてや偶然村に立ち寄った探偵でもない。
事故か事件か不明だが、人の死の真相を追う立場にはなかった。
アンジェリカやエリクとも知り合ったばかりだ。
羊の死骸も、疑いを晴らす相手が死んだとあれば、もう不要な情報である。
「ケッ、家族って言ったのに……」
アンジェリカがリメイの薄情な背中に向かって吐き捨てた。
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