第3話


 村の中心地に着いた。

 旧時代的な掲示板が立てられた広場まで来て、ようやく人影と遭遇した。

 第一村人発見。

「おんやぁ、フウカちゃん、間に合ったんだねえ。よかったねえ」

 日除け帽を被った老婆だった。

「はい。あ、お婆ちゃん、腰の調子は……?」

「やぁ、すっかり良くなったさね。薪運び、手伝ってくれてありがとうねぇ、フウカちゃん」

「いえいえ、いつでもお手伝いさせてください!」

 フウカが敬礼すると、老婆はニコニコと微笑んだ。

 遅刻の原因は村人の手伝いか。なお更、咎める必要はなくなった。

「あんやぁ軍人のお嬢さん? その顔……」

 老婆はリメイのガスマスクを見るや否や、不安げに眉を顰めた。

「気にしないで、お婆ちゃん。これ、ファッションだから」

「そうなのかぇ? あたしゃ、てっきりまた『黒人狼(ウルフヘジン)』が暴れてるのかと思ったよ」

「ウルフ……ヘジン?」

 リメイが首を傾げる。

 不思議がるリメイに、フウカが耳打ちで「閣下からお話があります」と教えてくれた。何やら極秘任務の匂いがする。

 リメイは肩を竦め、老婆を誤魔化した。

「お嬢さんもセントラルから来たんだってねぇ。ルイスは空気が美味いんだよ。勿体ないからそれ、外せばええんに」

「今度思いきり吸わせてもらうわ。ありがと」

 確かに田舎だが、それゆえの特有の風習や伝承が染みついているようだ。

 これは実地任務だ。平穏なスローライフが待っているとは、リメイも最初から期待していない。



 エヴァンス邸は村の外れにあった。

 森の中だが、城のような尖塔を隠しきれず、洋館の顔を覗かせている。

 鉄柵門にかけられた大きな錠をフウカが開け、リメイを案内した。首から提げた鍵を取り出す様子は、まるで鍵っ子が一人で留守番を任されているような光景だった。

 枯れ葉の絨毯を踏み歩いて進む。

 屋敷は古風な面構えではあったが、庭園の端に傷だらけのパワードスーツが二体ほど、錆びついたまま放置されていた。

 コックピット式ではなく、アームフレームに腕を通すマニピュレーター式。

 搭乗しながら専用の大口径ライフルも撃てる最新鋭のパワードスーツだ。

 外骨格アームフレームには深い傷痕も残されていた。

「現行型なのに、随分とボロボロね?」

「だいぶ激しい戦いがあったので……」

「ふーん?」

「怖いですか?」

「――別に、平気よ」

 村全体の雰囲気とは真逆な様相を示した庭園だ。

 豪華でありながら、どこか殺伐とした雰囲気。

 一体、こんな田舎で何と戦ったというのだろう。


 玄関ホールを抜け、正面階段を上がって二階の廊下から客室に着いた。

 洋館特有の縦に長い窓から、森が見渡せる。リメイは鞄を置き、洋館の主のお出ましを待った。

「お茶を入れてきますねっ」

「お構いなく。どうせ飲まないし」

 リメイはガスマスクを指でとんとんと叩いた。

 三食以外、人のいる場では絶対に外さない。茶を出されても呑めないのだ。

「でも閣下にどやされるので! 行ってきます!」

 フウカは部屋を小走りに去っていく。

 廊下をぱたぱたと駆けるフウカの足音が突然、止まった。

「あっ、閣下……。リメイ様のお迎え、無事完了しましたですっ」

「あら〜? 変ねえ。汽車の到着は二十分と五十秒前。駅から邸まで十五分。客間への案内とお茶出しで五分の猶予を考えると……今、フウカちゃんがお茶汲みに行くのは時間が合わない気がするのだけど」

「ひっ。そ、その……」

 壁越しに会話が筒抜けだ。

 領主とメイド。一方的なお叱りが始まりそうで、リメイは眉間に皺が寄った。

「まさか、遅刻したんじゃないでしょうねぇ?」

「はぅ……えーと、そのー……」

「フウカちゃん? 時間は絶対厳守。そう教えたでしょう? たーっぷりお仕置きが必要ね?」

「あわわ。うー」

 リメイは客間の扉を開け、廊下の様子を覗き見た。助け船を出そう。

 遅刻は村人に親切を働いたことが原因だ。その彼女が叱られるのは忍びない。

「エヴァンス少佐? 陸軍准尉のリメイです」

「あら来たのね。まぁ、なんて麗しい……」

 少佐はリメイに淫蕩な目を浮かべ、舌なめずりをした。

 軍人とは思えぬ豪奢な赤いドレスを纏い、豊満なバストも惜しみもなく見せびらかしている。とても領主と思えない出で立ちだ。

 妖艶に微笑むこの貴婦人がエヴァンス辺境伯らしい。

 厚化粧で年齢は不詳。まだ二十代と言われても納得がいくし、四十を超えると言われても然もありなんといったところだ。

 ウエストとバストを強調させる黒いコルセットが艶やかさを際立たせている。

「リメイかぁ。ふふ、いいわねぇ」

 何がいいのかわからないが、とりあえずリメイは敬礼した。

 今日からこの女がリメイの上官になる。

「あたしがルイス駐屯地を監督するハダル・サビィ・エヴァンス陸軍少佐よ。よろしくねえ」

 ファーストネームで呼んでね、とハダルは付け加えた。

 肩で風を切り、扇子を扇いで客間に入っていくその姿は、古の貴族の化石を眺めているような気分になる。リメイも後に続いた。


 ソファに向かい合って座り、リメイは派遣の経緯を語った。

 ハダルもリメイの経歴を知っていることだろう。当然、落第生であることも、

 最初から高圧的な態度で来るかと思ったが、存外そうでもなかった。

 長旅を労う言葉もあり、第一印象よりずっと常識人であると気づく。人は見た目で判断してはいけない。

 逆に、リメイも自分の見た目では判断してほしくなかったが。

「ちなみにこのガスマスクは――」

「あぁっ、まどろっこしい話はいいわ。あなたのそのマスク越しの声、とってもゾクゾクする。それで充分よ」

「はぁ……」

 フウカの態度とは一変して、寛容だった。レヒドが事前に根回ししてくれたのかもしれない。

 これから先の任務についても説明があるかと思いきや、世間話を終えるとハダルは腰を上げて扉まで歩き、扇子をひらひら泳がせ、リメイを手招きした。

 疑問に思いながら近づくと小声でハダルは言った。

「百聞は一見に如かず。あなたの任務は場所を移して説明するわね」

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