この世界は混沌に満ちているようだ

 俺たちの顔は青ざめる。もしかして今のを聞かれたかと。

 しかしそれは杞憂だった。


「異世界の者よ。国王陛下が共にディナーを食べたいと。よろしいか」


 ギルバールが来ただけだった。先程の会話も聞かれてないようだった。

 大丈夫か、と目線を送ると首肯されたのでギルバールに言う。


「大丈夫だ」

「ではこちらへ」


 案内されたのは広いホールだった。中央の長テーブルに豪勢な料理がずらりとならんでいた。

 天井にはもちろん壁の側面や床まで美麗な絵画が描かれているホールは土足で踏み込むのを躊躇してしまうほどだった。


「おお、来てくれたね。こちらに座りなさい」


 テーブルの向こう側に座る王が手招きする。

 大人しく座ると王と対面する形となった。

 すると数名のメイドが来て首にエプロンをかけていった。王も同様にかけられていたが首の脂肪により紐が食い込んでいた。涼雅が笑いそうになっていたが氷華がを入れてくれた。


「我が王城がかかえる一流のシェフが作ったディナーだ。味わって食べてくれ」

「はい。失礼ながら聞きますけど毒は入っていませんね?」

「もちろん。君たちの信頼に関わるからね」


 なるほど。ゴマすりに来たか。

 ずらりと並ぶディナーの数々。どれも困窮を極める国の食事には思えなかった。


「さて、ここに呼んだのは理由があってね。君たちも早く知りたいであろうこの世界についてだ。話して良いかね?」

「はい」

「分かった。まずこの国のことから話そう。我が国はルシア王国と言って穀物の栽培などの農業が盛んな国だ。この世界で一番の領地を持っている。私はトラバス=フォン=ルシア。十代目の国王だ」


 なるほど。第一次産業が発達してしまって第二次産業があまり発達していないのか。だから剣などの鋳造技術が未熟で戦争にも隣国に押されてしまう。


「隣国のことも話そう。今我が国と戦争しているのは我が国を中心として西にあるアメリア帝国という広大な土地を持つ国だ。そこは鉱山資源が豊富にあり、金属の加工に長けている。戦争のためにあるような国だ」

「ちなみにどっちが先に攻めたんだ?」


 涼雅が言った。ルシア王国側が先に攻めたとなればこの国の上層部のほとんどは無能だと判断できる。


「アメリア帝国だ。あの国は近頃近隣の小さな国を属国にして回っているのだ。そして今回我が国に攻めてきたということだ」

「なるほど」

「そしてさらに最近は東にあるカルバン帝国という国も戦争に参加しようと動いているらしいのだ。どちら側につくかまだ分からぬが我が国軍の指揮官はアメリア帝国につくと推測している」


 絶望的じゃないか。帝国と名のつく国は他の国の領地をむしり取ろうとする国家体制だ。

 まあ俺はアメリア帝国にカルバン帝国がつくとは思えない。

 それで戦争が集結したとしても次は両国の領地争いだ。それを得策とする馬鹿がどこにいよう。


「カルバン帝国はどんな国なんですか?」


 氷華が聞いた。


「カルバン帝国はアメリア帝国と一位二位を争う軍事国家だよ。中でもカルバン帝国の魔術隊は大体一個師団七千人だとすると十を超える師団を殲滅できる戦力を持っている。逆にアメリア帝国の騎馬隊は一人で一個師団を壊滅させることができるらしい」


 歩のアメリア、術のカルバンとも言える両国が攻めてくるかもしれない。

 詰んでるやん。終わってるやん。


「絶望的ですね」

「うむ。だからお主たちの力を借りたいのだ。もし協力してくれるのなら一年のうちにお主らを強くしてみせよう」


 利用する気満々で逆に笑えてくるかもしれない。


「返答は明日で良い。良い答えを待っているぞ。呼んでしまってすまないね今日はゆっくり休むがよい」

「ありがとうございます。では失礼しますね」


 氷華がいまだディナーを食べ続けようとする涼雅の首根っこを、俺はまだ食べたいと目線で抗議する莉央の手を掴んで部屋に戻っていった。




「もっと食べたかったのに……」

「いつまでも食べてたら明日起きれなくなるでしょ。それに涼雅は私の……」

「私の? なんだ氷華?」

「私の料理を食べればいいの! こんなこと言わせないでっ!」


 部屋に帰るなり繰り広げられる夫婦漫才はもう見慣れたものだ。

 俺はというと莉央と話していた。


『という事らしい』

『ほえーこの国大変なんだね』

『随分と軽いな』

『だって私たちに関係ないじゃん。勝手に呼び出して言ってるだけでしょ』

『その通りだ』

『それに私たちの約束も叶えられないよ? こんな国に味方したら』

『そこらへん涼雅たちと話そうか』

『うん』


 まだギャースカ言ってる涼雅と氷華に声をかける。


「これからどうする?」

「どうするってとりまこの国から出るだろ」

「この国に味方するわけ無いじゃない」

「分かった。莉央も同じ意見だから話を進めよう。王は剣術と魔法を教えてくれる教育者を寄越すらしい。これについてどう思う?」

「美味しい話よね。一寸先も見えない状況より戦い方を分かってる方が冒険するには気が楽よね」

「それに可愛い女の子チャンが来るかも……ごめん氷華」


 氷華が絶対零度の視線を涼雅に向ける。俺には向けてほしくないものだ。

 ツンツンと脇腹をつつかれる。莉央が意見を言いたいようだった。


『生きられる強さを手に入れたらすぐに逃げるのが良いと思う』

『確かにな。言ってみるよ』

「莉央がある程度生きられる強さを手に入れたらこの国から逃げると言っているがどうだ?」

「オーケー。異議なし」

「私もいいと思うわ」

「そしたらそういう方針で行くぞ。じゃあ寝るか」


 外は既に夜の帳が下りていて薄ら寒い月光が部屋のガラスに反射していた。

 ベッドは人数がに四つあったが俺と莉央、涼雅と氷華で一個ずつ使った。

 かくして異世界に来てから一日目の終わりはふかふかのベッドで終えたのだった。


§


「よろしいのですか? 国王陛下」


 暗い執務室に声が響く。蝋燭の火がゆらゆらと燃えていた。


「良いのだ。古文書には強い人を対価にするほどより強い適正を持った異世界人を召喚することができると書いてあった。時を見てあやつらを媒介にしよう」


 国王、トラバス=フォン=ルシアはワイングラスを片手で揺らし部屋の隅を見た。

 そこにはがあった。









魔術とかって生々しいものも多いよね

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