アイリーンとマルグリッド

 二つに分かれたエリアを小さな城のような建物の屋上から、ヴァルシュヴァル卿が見下ろしている。マルグリッドがすれ違いざまにつけたのか、彼も腹部に大きな傷跡と出血があったが、彼が見つめるとジリジリとその傷が治っているようだった。



 見下ろす地上の路地で、プラグは衝撃的な事が続いて奇妙にもある記憶を思い出していた。それはマルグリッドに言われた言葉、しかしその言葉の細部が思い出せない。

(あなたはやさしい) 

そんな言葉だった気がするが。

 

 少し距離を保ち、腹部をかかえ目の前の憔悴しきっているクランは、顔半分がかけて、ゴーグルからはっきりとその顔が現れていた。


突然プラグは思い出した、マルグリッドの過去のくちぐせ、優しい

「あなたは私よりも優しい……あなたはまだ若く無垢で、私より間違いを認めやすい、あなたは決して間違えないわ」

 クランと今戦うべきか、どうやって逃げるか。そんな事を考えながら。


「プラグ、君はマルグリッドをしらない、マルグリッドは君をよく知っていて、しかし、裏切っているというのに」

「何?」

「彼女と親友の話だ、二人は、暗殺しかけあっていた、それから、彼女のおいたち、シスターとなった理由もだ、お前はあの時、初めて出会ったときなんと聞いたのだ?」

「マルグリッドは……かつて復讐心を持っていたけれど、自分を助けてくれたシスターは変わりに自分を恨めといっていた……そして俺にも“恨むなら自分を恨め、その嘘で救われるのなら”といった、そのシスターの死後、はじめて彼女を恨みきつく当たっていた事を後悔し、道をあらためたのだと……それまではシスターでなく侍女だったと」


「お前は彼女に救われたのだな、彼女の大人になる前にお前のような犯罪者だったとしてもか?そう……今とは逆に、両親の死を逆恨みして、アルシュヴェルド人を殺していた、彼女の両親の死……それもまた、アルシュヴェルド人の怒りをかって行われたのだ」

「……そんな必要ないじゃないか」

「彼女の話は嘘ばかりだ、彼女の親友であり兄と慕っていた男―彼はアルシュヴェルド人なのだ、そして親友の両親を殺したのが、彼女の両親、大量虐殺をおこなっていたのは、彼女の両親、彼女と親友は恨みあう仲にあった」

「……」

「彼女は聖人であると、それは嘘だ、彼女は冷徹な人殺し“青の夜鳥”彼女の大嘘だ、偉大なる指導者などいなかった。それが死んだ事実もなかった、彼女にとっては、親友こそが指導者だった、その親友の死後、彼女は変わった、お前を必ず裏切る、そんな人間を信じて命を危険にさらすこともない」

 クランが右手をあげた、その先端に小さなナイフが握られていた。


 一方マルグリッドはアイリーンと対峙しながら、頭を巡らせているようだった。

「あなたは……いくらとりつくろうと“復讐”にとらわれたままだ、そしてただの人殺しにすぎない」

「では……あなたはどうなの?“回収人”アイリーン、時折ヴァルシュヴァル卿と一緒に、青の民族、アルシュヴァルド人を回収して、何を行っているの?」

「黙れ!!私は運命から逃れていない、確かに改造はされたが、これは私たちをよりよくするための実験で……」

「本当に、本当にそう思っているの?大多数を占めるラウル人が、少数民族となった私たちを生かそうとしていると」

「私たち?」

「そうよ、私もアルシュベルド人、半分ね……」

「何をいっている、そんなわけ……」

「親友は……最後に私に譲ってくれたの、“青の夜鳥”は、もともと親友だった、友人はそうして彼に、ヴァルシュヴァル卿に目を付けられるまで人殺しを、復讐を続けた、私は、贖罪としてそれを続けた、あるいは友人を殺した、ラウル人の偏見や憎悪を殺そうとしたのかもしれない」

 マルグリッドが右手をかかげる、その右手は呪文のような黒いものに包まれていた。

「何なの、それは」

「禁忌の魔術、アルシュベルド・ユル、自らの寿命を捧げ、青き力、アシュヴァの力を増幅する、私の中に流れるわずかなアルシュヴェルドの血がたぎり、私に告げている、この憎悪をとめよ、差別という憎悪を……」

「たわごとを!!」

 アイリーンは、鞭をかまえ、前傾姿勢で突進した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る