金魚
単純な生き物だなと思った。
何をしていても、君を忘れることなんてできなかった。ゲームをしていても、友達と遊んでいても、映画やアニメを見ていても、小説を読んでいても、ただ街を歩いているときですら、頭の片隅には君がいた。まるで喉の下に引っかかったように。深く考えている訳ではなくても、ただかろうじてそこに残り漂い続けているゴミのように。それが取れることは無かったし、今も残り漂っていた。きっと、一生取れることは無いと、そう思った。
ただ、ある日。漂っているそれが、気にならなくなった。日常と化したのだ。何をしていても僕を惑わせ続けたそれが。
きっかけはたった一言だった。誰にかけられた言葉でも、どこの偉人の名言でも、ましてや父や母の何気ない一言でもなかった。その一言は、自分の言葉だった。ただ自分がひとつ。誰かに対して、誰に対しても、たったひとつ放っただけだった。彼女は、僕にとってそれ程までに単純な存在だった。
僕は、僕の言葉にまんまと騙された。誰に導かれる訳でもないまま、ただ流れに乗って彼女を心から想った。彼女と話したいと思った。彼女の隣に立ちたいと願った。それが本心なのか、誰かに騙されているのか、僕には分からなかった。ただひとつ言えるのは、もう逃げられないことだった。一度騙された僕の心は、そこから逃れることなんてできなかった。もしあの言葉が、本心なんかじゃなくて、どこかの誰かに作られたものだったとしても、それは僕の口から飛び出てしまった瞬間、真実になったのだ。
心は単純で、おかしくなるほど複雑だった。君や彼女を表す言葉は冗長で、それでも僕を騙す言葉はどこまでも単純で。悪くないと思う。どうなろうが、どう足掻こうが、これが私であって、それ以上でも以下でもない。ここから真っ直ぐに伸びる道は、遠くから見ても険しいことは明白で、上手くいくなんて誰も思っていない。ただ、喉に引っかかったひとつに惑わされるよりも、そこから出た大きくて単純な何かに導かれて冒険してみた方が、きっと日々は鮮やかになる。
私は、その小さな小さな一歩を確かに踏み出した。
我の随に 天野和希 @KazuAma05
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