神付きモール

あきかん

 

 俺が務めているショッピングモールには奇妙な場所がある。図面上では敷地のほぼ中心、建物に囲まれた十坪ぐらいの小さな空白がある。

「箕部、そこ気になるか?」

 地図とにらめっこしている俺に先輩が話し掛けて来た。

「巡回ルートにも無いから不思議に思って」

 と、俺が答えると先輩は目に鈍い光を宿して囁いて来た。

「そこには神社があるんだよ」

 なるほど。と、俺は思った。心当たりがあった。ショッピングモールの運営会社が土地を買収した時に買えなかった土地があるという話は聞いた事があった。

 まだ自分が小学生になったばかりの頃、このショッピングモールの工事が始まった。

父方の祖父が、「あそこの土地は●●様が住まわれている場所だ。この町ごと祟られるぞ……」と、それはもう神妙な顔で言っていたのでよく覚えている。だからといって、事故で工事が遅れたという話は聞かなかった。予定通り無事に建設されたショッピングモールは、この町の城としてここ10年以上君臨している。

「もうそろそろお前にも教えておくべきかもな」

 と、先輩が呟いた。

「お前は警備中に何か気になることはあるか?」

 と、先輩が聞いてきた。

「これといって特には」

 と、俺は答えた。

「まあ、そうだろうな。俺もない」

 と、先輩は不自然な間をおいて

「ここのショッピングモールは異常が無いんだ、不気味なほどに」

 と、口にした。

「ただ、お客さんや店子の従業員からは相談を受ける場合はある。本当に些細な事で、俺達からすれば気にも止めない事なんだが、一応その対応を教えておく」

「その前に相談内容って何なんですか?」

「突然、悪寒がした。子供が知らない子供と遊んで何処かに行ってしまった。お客は誰もいないのに声を掛けられた。といったものだよ」

「不注意や気の所為では?」

「きっとそうなんだが、このショッピングモールの規則としてこの手の話は一度は浮花壁ふかかべさんを通す事になっている」

「誰なんですか、それ」

「最初に説明したショッピングモールの中心にある神社の神主。それとこのショッピングモールの特異事象対策課課長」

「あの意味不明な部署に人がいたんですか」

「浮花壁さん1人だがな」

 面白い話だとは思った。ただ、俺にはあまり関係なさそうでもあった。

 先輩も、

「些細な異変が起きたら、慣れた店子や案内係は俺達を通さず浮花壁さんに直接話を通す。それが黙認されているし、実際その方が早く解決するからな。俺達はだから平和なんだ」

 なるほど。良い方だ。俺達が無駄飯ぐらいを謳歌出来るのはその御方の尽力なのか。

「というわけで、時間を作って浮花壁さんに顔見せしとくか」

「よろしくお願いします」

 と、俺は反射的にそう答えた。少し背筋がむず痒く感じたのを覚えている。




その日は浮花壁さんには会えなかった。

代わりに神社の行き方を教わった。

なんてことのない通路とドア。

そこから先は許可無く入れない

禁足地だから

と、先輩は言った。




 それから数ヶ月後、先輩が発狂してしまった。暴れ回った先輩を数人で抑え込んだ。

 その日、意識が墜ちた先輩は数日経った今も目覚めていない。





 入り組んだ職員用通路。チカチカと点滅している照明。進むほど人の気配は消えていく。近づくほど周囲の雑音は消えていく。

 平日でも延べ数万人は訪れるこのショッピングモールにあって、これほど静寂に包まれた場所があるとは考えもしなかった。

 扉を開ける。先ずは二礼。拍手を二回。そして、また一礼。それから一歩踏み出す。現世と常世の境界線を跨いでいる気がした。

 目の前には、猫背で痩せた男が1人で立っていた。整った短髪につけられた整髪剤が僅かな光を反射している。

 真っ白なワイシャツ。漆黒のスラックス。黒のブーツ。左手首には数珠。

「あなたが……浮花壁さんですか……」

 上手く声が出ない。空気の密度が濃い。息がしにくい。

 目の前の男は、一歩俺に近づいて目を覗き込む。ドブが濁った様な瞳。意識が引き込まれていく。

「きみ、面白いモノがついているね」

 と、目の前の男は呟く。

「あなたが……浮花壁さんなら……先輩を助けて下さい……」

「その先輩が狂ったのは、きみが悪いんだよ。きみに降りた神様が、ちょっと遊んでいるだけなんだろうがね」

 浮花壁は楽しそうに嗤う。心の底から溢れ出て来たかの様に不気味な笑顔が顔に張り付いている。


「その先輩を助けてもいい。ただし、





   浮花壁が妙な間を空けている。






 きみがうちの部署に来ることが条件だ」


 祖父の顔が過る。あの神妙な顔が。

 関わってはいけないと、今さら本能が告げる。

 遅い、遅すぎた。

「この沈黙は了承と捉えて良いのかな」

 浮花壁は俺の体を舐めるように見回す。


「それでは、きみの名前を聞こうか。〇〇くん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神付きモール あきかん @Gomibako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る