7.反撃への狼煙―――スタンバイ
「本当にいいのか?」
ドドが確認する。
「だから私はいいって」
ドドは卓に並ぶ食事をかき込んだ。
分厚い魔獣のステーキに香草とキノコでつくったソースを刷り込み焼く。
獣の骨と野草やキノコを煮込んだスープ。
燻製にした魔獣の肉のベーコンを油で焼いたもの。
河で採れた魚を柑橘系の果物の汁で焼いて木の実のソースをかけたもの。
イモをすりつぶして肉を包んで焼いたもの。
「それにしてもこの環境でよくそれだけのものが作れるね。感心だよ」
「食べたかったら食べればいいだろう」
「あのね、女の子が食事遠慮するときはいろいろあるんだってことわからないかな?」
「いや、マリアは別に太ってなんか」
「そういうとこ! モテないぞ!!」
「ご、ごめんなさい」
マリアはいつもドドが料理を食べるのを眺めているばかりだった。
◇
(すごい……)
マリアはドドと対峙し、彼が『荒神』と呼ばれた所以を知った。
(正直、すべてにおいて私より劣る。魔力が無いことを考えるとすごいけど、脅威にはならない。それなのに、この圧倒される感覚はなに?)
マリアとの特訓の最中、ゴブリンの襲撃が度々あった。
「またか」
「ドド、ゴブリンは最下級の魔物だけど油断しちゃだめだよ。人間がそうであるように魔物にも強さの個体差があるの」
まるであつらえたように、襲撃に現れるゴブリンの力、数は増していった。
しかし、それらはドドがオークの身体に慣れるための糧でしかなかった。
モンスタ―の格はその脅威度で五つの色をさらに五段階の等級で分け、25段階に振り分けられる。
脅威度が小さい順から―――腐緑・凶黄・血赤・死紫・暗黒
「ゴブリンという魔物一種にしてもその脅威度はバラバラなの。ハイ、メモして」
ゴブリン(腐緑1)
ゴブリンメイジ(腐緑3)
ゴブリンソルジャー(腐緑3)
ハイゴブリン(腐緑4)
キングゴブリン(腐緑5)
エルダーゴブリン(血赤1)
「魔物は魔力を元に進化する。進化するごとに脅威度が増していくの」
「このエルダーというのは?」
「……エルダー種は特殊で、太古の純粋な力を取り戻した個体と言われてる。真祖への先祖返りね」
「ちなみにおれは?」
「う~ん。普通のオークは『腐緑2』なんだけど」
「下の下じゃないか!」
「でも、今の君はここかな」
マリアが指さしたのは「腐緑4」
「やっぱり低いな」
「そんなことないよ!? 魔力が無いのにここに相当するなんて普通ありえないからね!?」
ドドはすでにゴブリンメイジとゴブリンソルジャーを複数体倒している。
これらは魔力の使い方を工夫し、応用して襲ってくる。
ゴブリンメイジは魔法を使う。
火が放たれたときドドは驚いたが、それが当たることは無かった。紛争地帯で銃弾を避けてテロリストを鎮圧してきたドドにとって『見える魔法』は脅威ではなかった。
ゴブリンソルジャーは剣と盾など、冒険者の装備を使いこなす。優れた名剣を使われると厄介。武器を使う行為はある種の型の動きへと集約される。ドドはむしろ武器に沿った最良の動きをされればされるほど動きが読めるため、苦も無く倒せた。
「マリアの見立てだとこのハイゴブリンには敵わないか?」
「ハイゴブリンは魔力を人間の冒険者並みに使いこなしてくるし知能も高い。戦ったらダメだよ?」
「了解」
◇
「そろそろ行くか」
何度返り討ちにしてもゴブリンの襲撃は終わらない。
そこで拠点をつぶすことにした。
ドドはまずゴブリンを逃がし、拠点を特定した。
紛争地域で水や食料、薬を届けていた時、反政府ゲリラや軍事政権側の軍人、民間警備会社の元特殊部隊員らを相手に立ち回った経験があるドドにとって、モンスターの追跡はお手の物。
『ドドは魔力が無いから、気取られにくいんだよ。だから攻撃とか読みにくい』
トレーニングで長時間活動できるようになった身体で、ゴブリンを追跡するのは簡単だった。
森を進むと岩山に突き当たる。岩と岩に挟まれた狭い天然の要塞。そこにゴブリンたちが集結していた。
木の上によじ登り俯瞰してみると密集したゴブリンの数は100匹以上だった。
「なるほど……これは集落だな」
ドドは準備を始めた。一度引き返した。
「おかえり。どこ行っての?」
帰りを待っていたマリア。
「活動半径を広げようと思ってね」
ゴブリンの数から、巣にはハイゴブリンもいるだろう。
マリアには止められるため黙っていた。
ドドには今の自分がどこまで通用するか、確かめる必要がある。
(腐緑でもたついていたらいつまでたってもハラスの元にはたどり着けない。正直、人間だった時の方が強かった気がするけど、この身体も慣れてきた。力だけなら前より上だ)
絞った身体に今度は肉をつける。
とにかく食べた。
長期戦を見越して体重を増やし、スタミナをつけるためだ。
三日で一回り大きくなっていた。
筋肉の鎧の上に脂肪が適度につき、ベストなコンディションを迎えた。
「よし、いくか」
ドドは高ぶる感情を抑え、集中した。
そうして、いくつか道具を持って、昼間に乗り込もうとしたとき、マリアに見つかった。
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