6.肉体改造―――トレーニングデイ

 マリアとドドの共同生活が始まった。

 人間になりたいドド。

 そのドドを応援する勇者マリア。

 


「というか、日本のことおしゃべりしてくれる人が貴重なんだよね。あのさ、もう車は空飛んだ?」

「いや~、あとちょっとだったな。それより、こっちの世界って米とかあるのかな?」

「結論から言うとあります!」

「おお!!」

「味噌もしょうゆもあります!!」

「す、すごいな。先人に感謝だな!!」

「ただし、べらぼうに高いです」

「おおう……」

「あ、そうだ! あの俳優さんってまだ独身」

「知らない」

「ええ~! じゃあさ、あの番組って―――」



 ドドはみるみると言語を吸収した。

 通常の会話も共通言語でできるほどにまでになった。


「もう少し日本語でしゃべっていたかったのに。頭いいんだね」

「慣れさ。各地を放浪していたからな」

「てっきり拳で語る脳筋だと思っていたよ!!」

「だから、おれは平和主義者だって!!」



 覚えるべきは言葉だけではない。

 この世界での戦い方だ。



「この世界の生き物はみんな魔力を持っているの。それを使える者はエンジンをもう一基持っているようなもの。見た目とは裏腹に強大な力を内に秘めている」

「それでか。やけにこっちの生物が強いと感じたのは」



 マリアは頷く。



「魔力があれば相手の魔力のおおよその大きさもわかるんだけど」

「おれは相手の力量が正確に測れないうえ、エンジンはこの身、肉体のみってことか」

「おまけにその身体は『荒神』、斧牛陸大のものじゃない。オークは動きが遅い。まずはその身体をどうにかしないとだね」



 ドドは身体にまとわりついた脂肪に眼を落す。

 彼にとってこの身体でいることは何倍もの重力の中にいるかのよう。



「なら、トレーニングだな」

「トレーニング? したことあるの?」

「あるさ。これでも中学時代は陸上部だった」




 ドドはトレーニングを始めた。

 無駄なぜい肉を削り、ヒッティングマッスルを構築するため巨大樹をサンドバックに見立てサンドバック打ちを繰り返した。

 そして重点的に脚を鍛えた。

 長時間のランニング。傾斜での連続ダッシュ。



「ここでは力が必要になる。必要な力を得るために鍛える!! 楽しいな!!!」

「わお。危機感ないな~」



 かつての陸上時代に通じる充足感があった。



 マリアはその様子を見て日に日に違和感を募らせた。



「う、うそ……まだ三日なのに」



 次第にオークの分厚い脂肪は筋肉にとって代わり、軽快な動きが可能になった。


 一週間もすると以前とは比べようもないほど体形が変わった。



 丸から逆三角形へ。



「マリア、相手をしてくれ」

「えぇ~怖い~」



 わざとらしく身体をくねらせるマリア。



「勇者なんだろ。魔法を使った動きを見てみたい」

「ああ、はいはい。魔法ね」



 トレーニングは実戦に変わった。



「う~ん。じゃあ私を捕まえてごらん。きゃ!」


 森の中を駆けるマリア。

 追うドド。


(早い……あきらかに一般の成人女性のスピードではない。魔力エンジン搭載の人間)


 森の中は起伏が激しく、障害物も多い。

 その中をマリアはまるで山猫のようにスイスイと進む。



 ドドもハードル走の選手のように止まらず走り続ける。だが、脚が違い過ぎる。



「どうしたの? もうあきらめた?」

「いや」



 急にドドのスピードが上がった。

 一気にマリアに迫る。


「あれ? 急にうわわわ!! オーク怖い。何その動き怖い!!」


 スタートから極短時間、マリアはトップスピードに乗る。


(その前に捕まえよう)



 一気に間を詰める。

 障害物をただ避けていた動きは変わり、手をついてそこから反動をつけることにより加速し流れるような動き。



「きゃあああああ!!!」

「はぁ、まだ駄目か。でもわかってきたぞ」

「何が?」

「障害物の中でトップスピードに達するには時間がかかる。それと、脚が早いわけではない。身体の使い方自体は大したこと無い」

「ひどい。でも、正解かもね。私ここに来た時ただの女子高生だったからね。私だけじゃなくて、こっちの世界の人たちは魔力を使うことが身体にしみついてるんだ。だから、意外と効率的なスポーツ科学的身体の使い方はしてないのかもね」



 ドドは深呼吸した。

 より速く動く方法。ドドは記憶を思い起こす。

 主に日本古武術の武術家たちが陸大の人間離れしたスピードと反射神経に対応するために多用した歩法。



(早く動く連中は確かいつもこんな感じで)



 脱力して一歩目を踏み出す。

 膝を曲げ、体を倒すことで生まれる前方向へのエネルギーに乗る。



「うわ、また速くなった!?」



(これでもまだダメか。なら、頭を使ってみよう)



「あれ? どうした? あきらめちゃった?」


 ドドはマリアの後ろから引き離されていった。

 ドドは直線ルートを強引に進むことをやめた。


「おーい、私はこっちだぞー」


 そのマリアの前にドドが突然現れた。



「ぎゃー!! なんで!!」



 マリアの進むルートを読み、先回りした。



「捕まえた!!」

「なんてね!」



 マリアはドドの前から消えた。



「え?」



 マリアは木の上にいた。


「残念でした! 魔力にだって工夫と応用があるのだよ!」

「ぬぬぬ……!! うがー!!!」

「コワっ!」



 ドドは生涯で初めて敗北感を味わった。

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