4.救いの女神―――マリア

「止まれ」



 ドドはその異様さに気が付いていた。

 女は一人。

 荷物らしい荷物も持たず、この真夜中に現れた。

 しかも、オークであるドドに臆することなく話しかけてきた。

 そもそも、ドドを起こし、ゴブリンの襲来を報せる意味が無い。



「まさか、幽霊の類か?」

「あはは、やめてよー! 私は冒険者。これでも優秀なんだから」



 女は軽やかにドドへと近づき、歯を見せて笑った。

 美しい黒髪に黒目。

 見慣れた日本人の顔だ。


 少しほころぶ警戒心をを引き締め、ドドは問い質す。


「冒険者?」

「あはは。そこから? ゲームとかやらない人?」

「やらない人だ。そうだな。うん」


 人と言われ、またほころぶ。

 そしてまた気を引き締める。

 この世界にそんなものがあるはずない。



「……やっぱり、人に会わないせいで幻覚を見ているんだ」

「疑り深いね。まぁ、幻覚でもいいけど。君、ひょっとして元は人間なんじゃない。しかも、日本人」

「え!?」



 ドドの驚く顔を見ると女は目論見通りといった様子で、にんまりといじらしく笑顔を浮かべる。



「君、冒険者の亡骸を埋葬して供養してあげてたでしょ? 手の合わせ方が日本人っぽかった。あと、独り言も日本語っぽかったしね」

「まさか……その冒険者の霊か?」

「違う違う!!」



 ドドは疑問を抱いた。


(あの時、傍にいたのか? それにしたってこの姿のおれを日本人と断定できるとは思えん)



「おれとどこかで会ったか?」

「いいえ?」

「おれのことを知っているとか?」

「まぁそう警戒しないでよ。こんなきれいなお姉さんが声をかけてあげてるんだから、喜べ!!!」



 女は強引だった。

 ドドは黙った。


「私は藤峰真利亜。こっちじゃただのマリアって名乗ってたんだけどね。君と同じ日本人で、この世界に召喚された勇者なんだよ」



 マリアは胸を張る。



「勇者ってわかるよね?」

「君は何を言ってるんだ?」


 冷静になりほほを赤らめたマリア。

 首を傾げるドドに、マリアはこの世界のことを説明し始めた。


「いい? 落ち着いて聞いてね」

「おお」

「ここは、地球ではありません」

「知ってる」



 魔法、魔力、魔獣や魔物の存在。



 召喚という手段とその結果として得られる力。



「どう? 君の知り得ないことを知っているんだから、私は君のイマジナリーフレンドではないということなんだよ」

「どうやらそうらしい」



 ドドはこの出会い、幸運に感謝した。

 マリアがまるで天女のように見えた。


「わお、笑うと怖いね」



 笑顔が消えた。



「わわ、傷つきやすいんだね。ごめん」



 二人は焚火を囲み話し合うことにした。



「日本語を話していたとはいえ、こんな姿のおれに良く話しかけられたな」

「まぁ、オークはモンスターの中でも底辺だしね。余裕余裕」

「オーク?」

「君のこと」

「そうか……ドラキュラ伯爵……いや何でもない。オークは有名なモンスターだったか?」

「うん。でかい、臭い、野蛮で」



 ドドはこの世界に来て一番落ち込んだ。



「大丈夫だよ、斧牛さんはしょっちゅう水浴びして綺麗好きだから臭くないよ」

「……まだ名乗ってないんだが」

「待って、今の無し。初めまして、貴方のお名前は?」

「おれのこと知ってるんだな。まさか、おれをこんな姿にしたのはお前か!?」



 マリアは笑顔で答えた。



「勇者ともなれば、相手の名前を名乗る前に知ることぐらい朝飯前なのだよ? 常識だよ。そんなことで驚いたら恥かくのは君だよ」

「そうなのか。そういうものなのか。いや、お恥ずかしい……怒鳴ってごめん」



 ドドはまんまと騙された。


 マリアが陸大を知っているのは当たり前だ。

 なにせ、聖女ミーティアに斧牛陸大を推薦した勇者こそ、マリアに他ならないのだ。

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