3.地獄の餓鬼―――ゴブリン
ドドは拠点の周囲で人影を見た。
「人間か……?」
最初は見間違えかと思ったが、視線を察知した。
ドドは夜襲を受けた。
獣は警戒していた。だから拠点の洞窟がある岩場をぐるりと太い丸太の柵で囲っていた。
ドドはミスを犯した。
この森にいる知的生命体が自分だけだという思い込み。
柵を越える知能を持つモンスターがいるなど想像もしていなかった。
《起きて!》
「む?」
声がした気がして起きた。
周囲を探りすぐに動く影を視認。
ドドは一瞬それが人間だと錯覚した。
「なんだあれは……? 子供……いやなんだ? 地獄の餓鬼か?」
ゴブリンだ。
柵をよじ登り、矢を構えて包囲していた。
その数10匹以上。
「ずっと感じていた気配は奴らか」
万事休す。
ドドはパニックになった。
人は経験したことが無い状況に追い込まれるとパニックになる。
前世ならともかく、オークの鈍重な身体では弓矢の斉射は避けられない。
ドドはとっさに両腕を身体の前で畳んで身をかがめた。ボクシングにおけるピーカブーガード。
(とっさに動いたが、そうか……これしかない)
矢が放たれ、すべてがドド目掛けて飛来した。
ドドは大きく上体を揺らした。
鉄の矢尻が洞窟の壁に当たり、音を立てた。
「ゴギャ!!?(なに!!?)」
ゴブリンたちが予想外の結果に声を漏らした。
至近距離から放たれた矢のほとんどが外れたのだ。
ドドは腕に刺さった矢にかまわず、洞窟を駆け出した。
矢を番う前に勝負を決めなければならない。
(クソ、脚が遅い!!)
ゴブリン槍兵がオークの前進を阻止しようと槍を突く。
その瞬間、ゴブリンたちの視界からオークの巨体が消えた。そして背後に降ってきた。
ドドは斧牛陸大だった時、唯一やっていた競技がある。
陸上十種だ。
元々陸上十種競技の日本記録保持者。走る、飛ぶ、投げるはお手の物。
ドドは背面飛びで槍襖を飛び越え、ゴブリンたちの背後に着地した。驚愕の表情を浮かべるゴブリンの脳天にオークの剛腕が振るわれた。
「ゴギャ!!」
一発のフックが、横並びになっていたゴブリン槍兵を将棋倒しにした。
やや上から下に振り下ろすような軌道で、ロシアンフックに近い軌道。
「チッ、身体が流れる!!」
格闘の類は実は正式に習ったことが一度も無く鍛錬もしたことが無い。
ではなぜ、使えるのかといえば、実戦で見て体感したからである。
斧牛陸大は、これまでに戦った相手の技を全て見て覚えていた。
といってもそれは斧牛陸大だった頃の話。
オークの身体は人間と異なり、思いのまま動かない。
間髪入れず、強引にもう反対側もパワーで吹っ飛ばす。
その流れのままに振り向きざま、弓兵に切り込み、細かく丁寧にパンチをヒットさせていく。ゴブリンはきりもみ状態でよく飛んだ。
パニックがゴブリンたちを襲った。
オークはゴブリンよりはるかに大きい。力も強い。
だが、オーガに比べれば小さいし、力も弱い。
人間のようなしつこさや賢さはないし、獣のように俊敏でもない。魔法も使えない。
頭が悪く、鈍い。
対するゴブリンは数が多い。
住処の洞窟暮らしで夜でも眼が利く。
何より敵である人間から戦い方を学べる。
オークが集団になれば脅威だが一匹程度なら囲んで倒せる。
それはこの世界における常識だった。
しかし、目の前のオークは明らかに違う。
ゴブリンたちにはまねできない複雑な動きをして翻弄し、包囲を突破した。
こざかしい陣形と数と装備の優位を失い、あっという間にドドの餌食となった。
ゴブリンの断末魔が静まり、森は静けさを取り戻した。
「はぁ!! はぁ!! なんてこった! この程度で息が切れるなんて……!!」
腕に刺さった矢を抜くと、瞬く間に傷がふさがった。
だが、腹の虫が鳴った。
驚異の回復力は急激に体力を消耗する。
問題は他にもあった。
「なぁ、おい……ずっとそこに隠れているつもりかい?」
ドドは暗闇にむかって声をかけた。
「おれを起こしてくれたのは君だろう?」
すると暗闇から女が現れた。
人間、ヒューマン。
「いや~、バレたか~」
女は笑顔を向けながらドドに近づいた。
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