第15話 欲求の流れる川

「そうだったんだね。小さい時から、胸が好きだったんだ」

「ん。自分のはそうじゃないけど、着替えの時によくみんなのをみては興奮してた。悪い子でした」

 恥ずかしくも、淡々とホルタは性的なそれを相談した。

 カタナの顔は変わらず穏やかである。

「ホルタちゃんは、女の子が好きなの?」

「ううん、胸が好きなだけ。フラバ君の事が好きだった時もある」

 やはり悩みを、大人の同性に相談するとすっきりする。落ち着いたホルタはカタナの胸で眠ろうとしたが、やはり興奮してしまって眠れない。


 あの後、彼女は自分の家へ戻った。すっきりした次は、勉強しなければならないと考えたからだ。

 しかし、その状況は難しかった。帰路より勢いの増した風雨が屋根をたたき、窓を割りかねなかった。

 ランゴドさんから教えてもらったガムテープではみ出た風を防ごうとしたが、生憎それを切らしていた。

 風雨に包まれ少女が導き出した行動は……行くのが比較的簡単な、カタナの所へ行く事だった。

 夜に行くのは良くないというのは分かっていた。しかし、ホルタも迷惑をかけてでもガムテープをもらわなければ眠れなかった。

 玄関扉を開け、可憐な心身で彼女は激しい雨中を進み始めた。強烈な風が彼女に向かってくるので、少し息苦しかった。

 夜のスズカワは、当たり前ではあるが静かで、誰もいないという特別感があった。そこにまたホルタは興奮してしまっていた。

 道中、あまりにも興奮しすぎて幾度か自分の胸を触ってしまっていたが、また幾度と強風に吹かれてはそれを止め再び進んだ。

 恐らく深夜に当たる時間帯の中、ホルタはまた城の入り口に着いた。しかし、門やその鍵は閉じられていた。すっかり忘れていた。

「どうしよう……」

 ホルタは困窮し、喘ぎ始めた。そこに彼女の親友ムカデが現れた。今日のパトロール役としてここらを見回っていた男の子だ。

「どうした、ホルタ。すごい雨だし、今は夜だし」

「えっとね……が寒いの……」

 なるべく簡潔に言おうとホルタは思ったのだが、あまりにも簡潔的すぎた。

「寒い……あぁ、隙間風の事」

「それ!」

 親友は中々に地頭が良かった。

「目張りがしたいんでしょ。なら、俺の家来るか」

「良いの?」

 高鳴る胸の中、ホルタは確認した。

「じゃないとホルタが寝れないよ」

 それもそっか、とホルタは返した。

 数分ほど風雨を耐えながら歩くと、あまり寄った事がないムカデの家に着いた。今日は雨が降っていたから、きのこの屋根が青色に塗られていた。

「どうしたの」

 中々ホルタは、開いた扉に行かないでいた。このままだと中が濡れてしまうのでムカデは焦っていた。

「入ってよ。ガムテープならあるからさ」

「うん……」

 それでも入れなかった。男の子の家に自分が入るなんて変態極まりないからだ。きっとムカデに嫌な事をしてしまう……そう考えると、体を思う様に動かせない。


 夜、カリーは眠れないでいた。つい昼寝をしてしまい、夜ご飯を食べ損ねてしまっていたからだ。

 以前の様に夜中に食べ物を探し回れれば良かったが、きっと今回はそうではない。そう思い扉の取っ手を下げてみた。すると、扉が開いた。

 歓喜を抑え、カリーは探索を開始した。やはり夜であるから、ローズ・ロープにいた様な幽霊が出そうで恐ろしかった。

 ふと向こうの、特に床あたりから微量な光が漏れていたのに気がついた。腹を空かせて頭が低くなっていたカリーは、それ目掛けて懸命に歩いた。

 見間違いではなく、確かに光が漏れていた。

 床の蓋をそっと開けると、地下室及びいずれかの道があった。

 梯子を下り、備え付けの灯りを点けて持った彼は、道を進んだ。

 果てに、あの男ランゴドが机に向かって何かをしていた。こちらに気づいていない様だった。

「ランゴドーー……」

「うわッ!?」

 ランゴドはひどく驚いた。その為にカリーも後ろにひっくり返った。

「あの、お腹が空いちゃったから食べ物が」

「すまん、すまん……!」

「へ?」

 猛烈な勢いでランゴドは謝り始めた。深夜であり、かつ唐突な展開に、カリーの思考は一瞬止まってしまった。

「何で謝るの……?」

「私は子どもたちに様々な我慢をさせている。目的としては肥満や非行化の防止の為だ。だが、かく私はこうやって隠れて嗜好物を味わっている……!」

 見てみると、テーブルには派手な寒色のお菓子らしき物が並んでいた。

「そんな事……」

「カリー……私はどうすれば我慢が出来るんだ? どうすれば胎児は大人になれるんだ?」

 自分の未熟さにさいなめるランゴドを見たカリーは、責任を感じてランゴドに話をした。

「ランゴド。よく聞いて」

 カリーの声は、母の優しい声色になっていた。

「確かに、大人は子どもより何倍も我慢しなければならないし、その我慢を子どもにも教えてあげなければならない」

「ええ」

「でもね、それは子どもの見てる前だけで良いの」

「それだと、卑怯な親になる」

 ランゴドの顔がこわばる。

「そうだね。子どもが我慢しているのに、親がそれをしないのはおかしい。でも……」

「人は敷き詰めた我慢なんて出来ない。必ず、どこかで欲求の川が氾濫する。それを防ぐために、こっそりおかしを食べたりしなきゃいけないの」

「でも」

「じゃあ、こう考えよう。『ある程度は我慢から逃げないと、子どもに八つ当たりしてしまう』と」

 ランゴドがはっとした顔をする。

「事実大体の親は、たまに息抜きをしないと子どもに当たりかねない。その上でも自分の事が息苦しかったら……子どもにも我慢を少し止めさせると良いんじゃない?」

「我慢を止めさせる……」

「うん。いつもより一個多くお菓子を食べさせたり、本当はめんどくさいだろうけどどこかに遊びに連れてったり。卑怯してしまった分は、どこかで穴埋めや代替をすれば良い」

 ランゴドは下を向き、一切口を動かさず考え始めた。カリーはそれを待っていた。

 しばらくしてランゴドは晴れた笑顔になった。

「ありがとう、心がすっきりした。ずっとずっと悩んでいたんだ……」

「いえいえ」

「明日子どもたちに話してみるよ。僕や子どもたちが、それぞれらしくある為に」

「頑張れ、マスターさん」

「はは……カリーくん、君は不思議な少年だよ。空気の読めない人だと思っていたが、実際はこんなに人だった」

「その人を見た目で判断しちゃいけない、と言う事も明日話しなさいな」

「そうだね。雨もひどいから、そこで寝て良いよ」

 ランゴドの言葉に乗り、カリーは汗臭い布団の上で眠る。カリー自身の寝顔も晴れやかでいた。

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