第14話 裸飴
(今日も美味しい。)
子どもの内のホルタは飴を食べていた。エヂムシにシテイ果実エキスを混ぜた爽やかな味だ。
雨で湿っている室内に、半袖でゆっくりと一日を過ごすのは気持ちが良い。
今日はずっとそうしていたかったが、雨に混じり他の子どもたちの騒ぎ声が聞こえて来た。
レインコートをつけ外に出て見ると、あの滅多に開かない門が開いているではないか。しかもその向こうには、ずぶぬれの男女二人が立っている。
レインコートを着ない不自然さから、ホルタは警戒心を抱いた。それと同時に「マスター」を呼びに行く事にした。
しかしもうマスターは呼ばれていた。子どもたちに優しく手を当て、素早くあの二人の元へ向かった。
「君たちは誰だね……エルカが開けるなら、そんなに怪しい者ではないだろう?」
目を開けているかも分からないマスター、ランゴドさんが粛々と話し合っている。その目の開き具合が分からなくとも、少し警戒しながら話しているのは分かる。
「私たちはたびびっ……」
「違うでしょ。ローズ・ロープにて、大規模な幽霊騒動などが発生したんです。そこから命からがら逃げて来て……住む場所を探して、今」
「あぁ、それは災難でしたね……でもそれではエルカが開ける事はありません。まして、ローズ・ロープなんてもう生者がいないでしょう」
一人対二人は互いに譲らないでいた。ランゴドさんに傘を差してあげたかったが、その場の緊張感がそうはさせなかった。
「実際にいたんですがね……では良いです。他を当たります」
そう言い男の子は城壁から出ようとした。しかし、女の人はそうではなかった。
「ごめんなさい。子どもたちの世話とかで大変だとは私も思います。でも、私たちもどうやって生きていけば良いか分からなくて……」
「生きる? そこらにある木をまさぐれば、何かしらの果実があるんじゃないですか?」
「そう言うのも知らなくて……お父さんお母さんの話をよく聞いてこなかったんです」
「そりゃあ大変だ。そこの少年とこれから着実に身に付けていかないとね」
マスターは爽やかな顔で二人を心配していた。しかし、当の二人は曇った顔をしていた。侵入者と言う立場のくせに生意気である。
突如、女の子は頭を地面につけ、何かを呟き始めた。
「お願い……致します。子どもたちの世話を見ます。色々洗ったりします。貴方のために働きますので、どうか健康に不自由なく……」
「はっ、恥ずかしいでしょカタナ……」
地面に頭をつける人にそれを止めさせようとする人。マスターも慌てていた。
「あぁ……何をしているんですか。頭が汚れてしまいますよ、早く顔を上げてください……」
それでも女の人……カタナさんは頭を上げなかった。
ランゴドさんが腕を組んで何か考えた後、ため息をつきながらまたカタナさんに話しかけた。
「分かりました。私も雨に濡れるのは快くないです……部屋に上がってください。こちらからお願いします」
やっとカタナさんが頭を上げた。可愛かった顔が泥まみれである。
「カタナ……何でそこまでして」
「ここ以外にきっと良い所はないから……あるかもしれないけど、見つけるまでに私たち死んじゃう」
未だ男の子は納得していない。カタナさんとは違って空気の読めない子である。
いらいらを紛らわせる為にホルタはまた飴を食べる。いつもの様に、飴の包みを剥くのに興奮しながら。
さっきの子の事は言えないのである。こんななんともない行動に興奮してしまうなんて。自分はランゴドさんの嫌いな変態なんだ。
おどおどしながら自分の家に戻るホルタを、カタナは見ていた。
城内の一室にカリーたちは案内された。純朴な内装に、柔らかい木製の家具が備えられていた。本当に子どもの為を思って作られた城である。
運び役の女の子たちが持って来たカレーらしきものをもらい、スプーンを分け合ったりした後、ついに食べた。
カリーは驚いた。あのカレー味がある。嫌いなニンジンが入った、少し辛いカレーを食べている。
カリーの頬に涙が流れていたのを見て、カタナももらい泣きしながらカレーを食べた。
食べ終わった後も、室内は相変わらず湿っていて暑い。その中、カタナは微々辛い唇を開けた。
「さっきはごめん。食べたり飲んだり出来る事が当たり前だって思って。全部カリーのおかげだよね」
「全部じゃないよ。それに、私だってきつく言ったよ。母親として失格」
それを聞いてカタナは笑った。
「カリー、まだお母さんなの?」
カタナが肩に柔らかい手を当てたので、カリーは久しぶりにドキっとした。
「良いんだよ。私もお母さんから自立しないといけないし、カリーはもうお母さんじゃないんだよ。もうちょっと……空気は読まないといけないけど、自由に過ごしてて良いの」
「カタナ……」
カリーはまた泣き、彼女の胸に抱きついた。この時だけは興奮しなかった。
この場面、ドアにノックが聞こえたので、カタナは迂闊にどうぞの返事をしてしまった。
当然ながら扉は開き、抱き合うカタナたちを見た少女は驚いた。白から緑のグラデーションヘアーをしている。
「あ、あのっ、私ホルタと言います……」
「ホルタ、ちゃんね……どうしたの?」
カタナが焦り気味にホルタに問いかける。
「さっき、ランゴドさんに謝っていたのを見ました。それで僕、二人に謝り方を教えて欲しいなって」
「謝り方?」
「はい、僕……」
ホルタが何かを言おうとしたが、胸を押さえ、何も言えなくなる程に喘ぎ始めた。
「だ、大丈夫!?」カリーが焦る。
「い、今ランゴドさん? を連れてくるか」
「待って!!」
走りかけたカタナの袖をホルタが引く。そうしたポーズのまま、しばらくすると発作が治った。
「そのまま言っちゃって申し訳ないけど……病気?」
カリーがまた率直に聞いた。失礼だけど、と前置きをすれば良いと思っている。
ホルタは下を向いて黙り、赤面していた。
「病気……かもしれません」
病気は病気でも、風邪などというものではないのをカタナは感じた。そこで、彼女を抱き寄せ呟いた。
「もし良かったらお姉さんに話して? ランゴドさんにあんな事も言ったし……相談に乗るよ」
「ありがとうございます。でも、カリーさんは……」
申し訳なさそうにホルタは憂いた。
「てなわけだから……カリー」
「分かった、終わったら教えて。部屋の外にいるから」
カリーが出て行った後、ホルタは少しずつ悩みを話していった。
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