第13話 敗児の国スズカワ

 あれから歩み四度目の夜、とうとう何も喋れなくなった二人は、雨空の下でずぶ濡れに座っていた。

「カタナ……エヂムシ食べる……?」

「いい」

「エヂエキスは?」

「なんでそんなのしかないの……」

 突然、カリーは怒りをあらわにした。

「食べ物とか飲み物がある事が当たり前だと思うなよ!! 色々教えてくれたのはありがたかったけど、それだけじゃん……!! 誰が毎日貴方のご飯を作ってるのよ」

「カリーも酷くなったよね。あの可愛いペットの頃に戻って欲しい」

 それから二回三回言い合った。カリーはいつからかついていた傷がまた痛み出した。カタナはせっかくおさまっていた頭痛を呼んでしまった。

 それでも二人は、一人だけでは生きてはいけない事を痛い程分かっていた。いつもとは違い、手は繋がず真っ直ぐ前を向いて歩いた。

 素直な気持ちにはなれないから、行き先を聞いて見る事さえ出来ない。

 ただ黙って同じ様に歩いていると、雨中に何か建造物を見た。

 見た目は城壁の様である。わずかにピンクがかった壁が横遥かに広がっていた。何も出来ぬままじっとそこに立っていると、上から稚い声が聞こえてきた。

「合言葉を言え!!」

 危うくは落ちそうな体制で、しかし真剣にカタナたちに呼びかける子どもがいた。年齢と合わない言葉にしては、その子は言い慣れていた。

「合言葉を、言、えーー!!!」

 返事を待ちきれなかったのか、乱暴な子どもがもう一度呼び掛けて来た。

「合言葉って……分からないよカリー」

「私だって分からない。貴方ならなんでも一人で出来るんじゃなかったっけ?」

 カタナは眉をひそめたが、子どもがいたので声を荒げる様な事はしなかった。

「合言葉が言えないなら、帰れーー!!」

 おもちゃの様な槍を振り回している。あまりにも長く振って来たのか、パタパタと今も折れつつある。

「あぁ、一つ……やらせたくないのがあったけど……やる?」

「何それ」

「今は女がカタナしかいないから……色仕掛け出来るのは君だけだよ」

 カタナは大層驚いた。

「子どもの前でやるの……?」

「えぇ。ある程度歳を取ったら、おっぱいにも性的な意味で興味を抱いてくるんだよね。その使い方は知らない癖に」

「ど、どうやって?」

「ちょっと、こっち来て」

 近くの木の下に二人は移動した。子どもは「ふん」との声を発し、壁の向こうに消えて行った。

「何?」

「こうやって……こうかかるのさ。そして……」

「えぇ。まるで漫画みたいじゃん」

「しょうがないでしょ」

 しばらく経ち、話し合いを終えた二人がまた雨中の城壁の場へ戻って来た。同じ様に子どもも出て来た。

「合言葉を思い出したのか!!」

 その言い切り、カタナは急に壁に寄りかかった。背中が実に気持ち悪かったが、爽やかな笑顔で子どもに話しかけた。

「ねぇ、この国ってどんな所、それと君の名前が気になるなぁ……」

「どんな所って……名前はエルカだけど……」

 本来、子どもは自らの国を話せる知識を持っていた。しかし、壁に寄り添い頭に腕を組む事で強調された胸が、エルカの目を捕らえていた。

「この国は、確かおっぱいで有名だよ。最近井戸からおっぱいが出て来たって聞いたし……」

 少し興奮させすぎた。肝心なる生産物の名前が全て胸にすり替わってしまっている。

「もうちょっと……良い視線で見つめながらなんか言って」

 カリーの指示通りにカタナが良い位置に動いた。

「今の説明じゃよく分からなかったから、中に入れて欲しいな……」

 今生まれたセクシーポーズは、最初にエルカの心を侵した。

「良い、よ。入って入って」

 ぼうと熱くなった顔面で、エルカは本来見えざる門を易々と開けてしまった。

 見えた内容は、子どもが群がる緑豊かな公園だった。

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