第11話 奇談師ランデブー

「まずいかもしれない。まずくないかもしれない。必要かもしれない、必要でないかもしれない……」

 肯定と否定の文章を、ハネムーンはずっと繰り返していた。

「ハネムーン?」

「カタナ、教えてくれてありがとう。本当にありがとう」

 肩を震わせながら、ハネムーンは下を向きそう呟いた。

「どうしたの。ハネムーンが危ないの?」とカリー。

「そうだ……その危ない状況を理解するには、昔話をしないとな」


 私は二人のうち一人の赤子だった。もう一人は、ランデブーだ。

 この世界に生れ落ちたにして、珍しく私たちは学びを究めさせてもらえた。私が未来についてなら、彼は過去を学んだ。温故知新などと言う言葉が近いか。

 まぁこれは皮肉である。私はのち、本当に未来を見る様な職業に就いたわけだが、当時は努める事もなく夢を見るだけだった。

 あいつは過去を見ていた。三年後には二年前を、一五年後には一四年前を振り返っていた。一時もが楽しいと言った事はなかった。

 そんな俺たちは、なんとか大人になってからモテる様になった。俺は大人数に愛され、あいつは少人数に深く愛されていた。

 きっとその少人数の一人が、君たちが見た筈の女だ。どいつだ、ええと。

 あぁ、「フィリア」が一番近しい可能性だ。フィリアは、素朴な顔で、それでいて可憐なる性格をしていた。けばけばしいそこらの娘より、よっぽどランデブーはその子を好いた。

 その段階は共に死ぬまでに。結局ランデブーは体ゆえに死ねなかったが、飛び降りたうちのフィリアだけが口からの大量出血を以って逝った。幸せそうな顔だった。

 ランデブーは泣いていたな、弔いの時に。私に滅多に見せぬはずの涙を出していた。

 そこから、奴は幽霊が視える様になった。なに、可愛げなものや凛々しい霊だけとでも視えていれば良かった。そんなわけはなかった。

 首なしの霊があいつの枕元に立っていた時、あいつは懸命に払っていた。何も込められていない拳を、無闇に振って。

 ふと霊は消えた。今なら……分かる。を探していたのであって、青年は目的ではなかった。

 奴は除霊に憑かれたんだな。自分が偶然で追い払ったのをエンジンに、当たりのある友人や知り合いからの依頼を嬉々として、毎日受けては解決していた。

 きっと本当には解決していなかったんだろうな。何故なら、段々幽霊が港町で見える様になったから。

 その数はいずれ街を埋め尽くし、触れてはいないのに、人混みに紛れている様な苦しさがあった。加えて、霊に吸われたやら憑かれたやらで、死んだ者も多く現れた。

 軈て町は人が全くいなくなり、私や彼の知り合いが居るまでに縮まった。

 出ていった人間には私たちの愛した人もいたから、空しかったよ。まだ新しいビル群に何も映らず、後ろを向くと大量の亡者がいたのを、覚えている。

 そして奴が寂し紛れに建てたのが「フローズンラヴ」、あの像だ。

 名前からする通り、あいつなりの愛を込めて作り上げたつもりだったんだな。だが、あれはそんな優しいものではなかった。

 理不尽にも、霊たちの怨み嫉みだけが像に入り込んだ。込められて、毎日揺れ動いていた。


「今に亘る、この街から君たちは出ていかなくてはならない。この私でさえ君と君の生気を吸ってしまっている。」

 そう言われた二人が体を鑑みると、確かに多少の元気がなくなっていた。このまま比例式に吸われていけば、いずれ亡くなるかも分からない。

「出て行きたくは……ないな」

 カリーがそう呟いた。

「なんで……? 幽霊しかここにはいないし、カリー死んじゃうかもしれないんだよ!?」

 優しい目で、カリーは答え始めた。

「あの人、まだ死ねないの。今私と対峙してるけど、ずっとあの時みたいに私を追い払ってる。無理なのに、祓おうとするのがやっぱり愛らしい」

「「!!!」」

 気づいてしまった。今のカリーには、かつての女性霊が入ってしまっている。入っているのに、当のカリーの外見は滑らかである。不自然という言葉は当てはまらない。

「ハネムーン、ランデブーの兄さん。言いたい事は分かるでしょう? 私を彼の所へ連れて行きなさい」

「だが、その人は今すぐこの町から出て行かなくてはならない。君単体で向かってくれ」

「いいえ。それじゃあ、変わらず祓われてしまうわ。それも可愛いけど、今日だけは、一千年の一点でいいから面と向かって話がしたいの……」

 憑かれたカリーは実に寂しげで、美しい顔をした。惚れたと言うわけではなかったが、どうにもハネムーンは断れなかった。

「……約束だぞ。あいつに会わせたら、すぐにその人から離れてくれ」

「だから……理解が出来ないのね、貴方。私は肉体を以って彼と話したいのよ」

「……うるせぇ」

 ハネムーンの声色が豹変した。廃ビル群以上に悲しく、憎しみの込められたものである。

「ハネムーン?」

 カタナはハネムーンに問いかけたが、その声は届いていない様だった。

「ね、カタナちゃんだったっけ」

 今は女のカリーがカタナに話しかけた。

「な、何」

「彼、癇癪を起こしてるから逃げるよ。通じない話をした私も悪いけど、今日だけは譲れない日だから……」

「……分かった」

「ちょっとだけ貸してね、この子」

 二人は暴れるハネムーンを避け、廃ビルから飛び出した。

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