第10話 愛像フローズンラヴ

「あぁ、また彼奴らに荒らされたか」

 カリーたちは男の家へ向かった筈だった。しかし、そこにあったのはわずかに立つ木材と、濡れたベッドだった。

「彼奴ら……って幽霊の事?」

「そうだ、少年……いやカリーか」

 そのカリーは非常に驚いた。

「もう、この世界の人達はみんな私の名前が分かるんだね。それが自然なんだ」

「多分そうだと思うよ」

「その通りだ、カタナ」

 カタナもまた驚いた。驚きすぎてカリーを突き飛ばしてしまった。

 倒れたカリーには逆さまの像が見えた。まるで空に落ちるのを憂いる、体育座りの人間の様だ。

「カタナ、何あれ?」

「さぁ、分からんな」

「あれはな……彼奴らを弔う像だ」

 カリーは男の説明を聞かず、正しい視界で像に近づいた。説明スペースらしき所には、「ランデブー作」と記されていた。

「それは俺が作ったものだ」

 凄い、とカリーやカタナは褒めたかったが、何分なにぶん作った人間が人間なので、素直に褒めたくなかった。

「幽霊を鎮めるために?」

「まあな……」

 カリーは質問の回答を待つが、ランデブーはカリーの後ろを見たまま動かない。後ろを振り返ろうとした。

「動くな。見た事ねぇ霊が少年おまえらの後ろにいるんだ。何が来るか分からねぇ」

 カリーたちはじっと息を潜めていた。しかし、カタナがそう簡単には黙れなかった。

「へっ、へふ……はっひゆ……」

(カタナは何奇声を出してるんだ……?)

 カリーが訝しむカタナの現状は、くしゃみの危機である。全く、どうしてこういう状況でくしゃみは出ようとするのか。

「お、抑えてくれよ……お前のくしゃみはデカい気が」

「はぶぐじょおォォォ!!!!!」

 我慢していたせいか、端ない大きさのくしゃみが出てしまった。彼ら、カリーたちの後ろにある殺気が増したのが分かった。

「……走れ」

 尋常でないランデブーの気迫に圧され、二人は彼の後ろ彼方へ走って行った。

 彼の眼には、先程から女が映っていた。口から血が滴り、白いドレス全体に広がっている惨たらしい容姿の女である。

「痛いか? おまえ

「痛い」

 ランデブーは単純な返しが来た事に驚いた。しかし、そこからも粛々と質問を続けた。


 逃げたカリーたちは何かの広場に着いた。息切れから回復し、辺りを見回してみると、体輪郭の薄い人々が歩き回っていた。

「え? え、カタナ。そばにいる」

「うんいるよ、カリー。さっきより霊がいるじゃん!!!」

 カリーとカタナは手を繋ぎ、引けた腰でその場に座り込んだ。人間なら二人を見ていたかも知れなかったが、やはりここにいるのは幽霊。どれもカリー側を見る事はなかった。

 ふと、幽霊の群れの中に、カリーは夫と似た様な影を見た。

「あの人、ゆず代さんに似てる」

「ゆず、代?」

 カタナの問いも届かず、カリーはかく幽霊に向かってゆっくりと歩み寄る。その幽霊はなおどこかへ去っていく。

「駄目だよカリー。おいてかないで」

 幽霊がいる広場が怖かったので、恐ろしくとも、カタナはカリーについていく事にした。

 しばらく歩いていくと、次第に廃ビルの群れは少なくなり、やがて瓦礫の山だけがそこらに存在するだけになった。

 男が一つのビル内に入って行ったのを見た所、いよいよカタナは本当に焦り始めた。

「駄目だってカリー!!! 本当に危ない!!」

「でも、ゆず代さんに、私の夫に似てるから。行かないと」

「ゆず代さんはカリーの世界の人でしょ!! こんな所に……」

 カタナの抵抗も虚しく、いつもより強い力でカリーは建物内に入って行き、彼女はそれに引きずり込まれた。

 中は涼しい廃墟であり、外見以上に人気のないものだった。その人気ない場所に、怪しげながあったのに二人は気がついた。

「カタナ、何かお金持ってる?」

「え、うーん……さっき拾ったお金なら……」

 ついカリーに拾い金を渡してしまった。下手すると、それは宿泊代になるかもしれなかった。

 彼が棚にお金を置いた刹那、棚は微々たる揺れから始まり、果てには地震と言うほどの揺れと化した。

 ぼん。小さい爆発音の後に、二人が目を開けると、そこには占い師がいた。体は半透明で青白く、白目をしていた。

「生きた人間が来るのは久しい。どうしたんだい、こんなきょうまで」

 幽霊が言葉を話したのにも彼らは驚いたが、流石に驚きすぎて、もはやローズ・ロープに慣れつつあった。

「貴方、どうしてこんな所で占い師さんなんかやってるの。きっ君はどこ?」

「むむ、外は少年だが、中は齢五十の女性。珍しい生者よ」

 占い師は初見でカリーの素性が見えていた。占い師という職業は本物の様である。

「きっ君は」

「ご婦人……カリーくん。私は君の夫や、その生まれ変わりでもないよ。ただここを彷徨える、既に亡き占い師だ」

「はぁ」

「あ、あの。占い師さんでしたよね」

 カタナが会話に割り込んだ。

「うん。僕ハネムーンは占い師だよ。あまりにも人気すぎて、ファンの女性うち一人に殺されたんだ」

「ハネムーン、さん? 私たち、今ランデブーさんという人から逃げて来たんです。その人が悪いわけではなくて……怖い霊から逃げる為に、ランデブーさんが時間を稼いでくれたんです」

「ふうん、ランデブー。」

 カタナの告白に、ハネムーンは柔らかい反応をした。

「どんな容姿だい。その男、女は?」

「金髪で、筋肉がすごくて、体育座りをした女性の像を作った人です」

 カタナが答えた瞬間、彼ハネムーンは眉をひそめた。

「像?」

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