第6話 渇く三重奏

 着いた先は、ドラキュラが住んでいる様な、やけに屋根が円錐を象っていた屋敷だった。ここが「魔女の街グリセリン」だと言うことを、カリーは改めて身に感じた。

「今は……ネえさんもアいつも、またボくも仲が悪いからそこは宜しくね」

 初対面より曇った顔をしながら、女は扉を開けた。

「あぁ、教えとくか。ボくはルビーだよ」

 扉を開けている途中、ルビーはいきなり自分の名前をカリー達に教えた。返しに彼は、自分とカタナの名前を教えた。

 中は埃らしく、夜の暗さに、それらがさらに加担して黒くなっていた。

(ならここに連れて来たら喜ぶだろうなぁ)

 カリーはかつての飼い猫を思い浮かべた。灰色に、また灰色の目をした不思議な雰囲気の猫だ。

「なんだ? その可愛い生き物は」

 カリーは、最初はルビーが何を言っているのかが分からなかった。しかし、幾つか経ち、やっと脳内の猫を言っているのだと気づき驚いた。

「魔女ってすごいね!! おばさん吃驚しちゃった!!」

「オばさん?」

 ついおばさん一人称が出てしまうほど、カリーは驚いた様だ。

「凄いっていうか、うちの村でも何人かそういうのする人いたよ? カリー」

「へぇー……」

 ルビー、カタナは互いを向き、揃って首を傾げた。その時カタナの目には、ルビーの背後に物影が見えていた。

「誰?」

「……」

 カタナが発言した途端、ルビーの顔がこわばったのを見て彼女は行動を後悔した。

 黙って通り過ぎようとした二人に対し、妙なテンションになったカリーがに話しかけた。

「君は誰? そんな所にいたら病気になるよ? ドラキュラとかじゃないんだろうから、たまには日光浴びないと」

「いや、良イよ……」

「良くないよ。魔女でも日光は浴びた方が良いんじゃない? それともやっぱり、浴びると灰になっちゃうの?」

 妙な雰囲気の中、カリーが後ろを振り返ると既にカタナとルビーはいなかった。

「どこ行ったか君は分かる? まず名前は何かなぁ?」

「……教えたくないよ」

 呆れた背中を引きずって、フードの魔女は暗闇の向こうへ行こうとした。

「待って!!!」

 咄嗟に出たカリーの手の為に、彼女のフードは脱げた。

 現れた髪色は黒から白へのグラデーション。前世の若者にもこういった髪色は見られなかったから、興奮した。

「可愛いね!! ますますおばさん名前が知りたくなっちゃったよ!」

「おばさん……?」


 結局、カリーの勢いに負けて魔女は名前を名乗った。それは「アールペ」だった。ルビーとは違い異世界らしい名前である。

 今彼らは寝室にいる。カリーの現在の身分、男というには珍しく異性の部屋に上がれている。

「全く、君は少し遠慮ってものをつケたらどうだ。ワシの部屋に上げた人間なんて身内くらいしかいないのに」

「ごめん。そう言えば、君なんか口調変わったね」

「そういうのにも普通は触れないんだけどな」

 初対面というには中々口調の解けた二人である。

「アールペってさ、ルビーの事、嫌いなの」

 これは過失ではない。故意にカリーは聞いたのだ。

 反応はやはり良いものではなく、彼女の目が呆れから蔑みに変わった。

「本当に空気が読めないんだね君は。よくこの世界で生きてるよ本当。ワシじゃなかったら殺されてると思う」

「ありがと!!」

 ついにキレたアールペは、俗にいうくすぐり魔法を展開した。随分性癖の込められたお仕置きである。

「あははっ! 辞めて欲しいなっ! 辞めてぇええぇっ、いただけ、ればありがったぁぁぁあああ!!!〜〜〜」

 笑い声までうざいな、とアールペは思った。

 危うくは猥褻な撮影の場になりかねない所、また新たな魔女が入って来たのをカリーは感じた。

「だ! れ!」

「なんだこのうるさい場所ハ」

 ボーイッシュな黒髪をした魔女が、実に煩そうな顔や声でカリーに向いた。当カリーは少し危ない状況である。

「なんかまた馬鹿姉エが入れて来たんだよ。しかも、多分こイつ人間だぞ」

「馬鹿姉エに感謝するんだナ、この変態野郎笑」

 事態の緊急性についてを逸らし、ボーイッシュガールはアールペをイジり始めた。

「そろ……そろ、これェっ、解いて……危ないぃぃ……!!」

「どうする?」

「シディアはもう良いと思ウ」

 さりげなく出た名前によると、「シディア」の言葉によりお仕置きは終了した。果たしてカリーは戻れるのであろうか。

「そう言えばお前……くすぐられてたお前ダ。何しに来たんだここニ」

 まだカリーは何も言えなかった。声を絞り出すという肚でアールペが魔法を展開しようとしたが、シディアがそれを叩いて静止した。

「くすぐりまくって死んだら萎えるだロ」

「そっち……かっ」とカリー。


 一方、ルビーとカタナもまた彼女、特にルビーの寝室にいた。

「聞けたらで良いんだけどさ、どういう喧嘩してるの? ルビたんたちは」

「ソうだなぁ……まぁ長い話になるんだけど」

 長い文章は苦手なカタナだったが、実践編なら仕方ないと、決心してルビーの会話に臨んだ。

「ソれはなぁ……糸だよ」

「糸ぉ?」

 カタナが首を傾げた。

「迷信か知らないけど、最近私は糸を手に入れたんだよね」

「どんな糸だよ」

「ソれで服を縫って、その服で好きな人に会いに行くと絶対に惚れられるってやつ笑」

 ルビーは馬鹿にされる前提で意図を説明した。会話相手はカタナなのだ。

「すご!!!」

 存外な反応だった。ルビーは驚いたと同時に嬉しくなった。

 ろうそくの揺れる古き良き部屋、二人の乙女、また三人の若者は各々で夜を過ごした。

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