第5話 長月夜の轍

 カリー達は第一の旅宿にあたる国を探していた。途中のイテエナゴラ砂漠では数々のヤンキースコーピオンに絡まれて大変だった。

「疲れたね、カリー」

「うん。でも何か、目の前にあるよ?」

 カリーが指す所には、まず高い時計塔が見える街があった。カリーの覚えるには、確かロンドンに似ている。

「行く?」とカタナが問う。

「行こうか」とカリーが応じる。

 少し歩いて、その街の入り口まで来た。そこには看板があった。

「あぁ父さんがよく言ってた場所だ。魔女の街グリセリン」

 グリセリンは、夜らしく静かに私たちを迎えている。

「とりあえず宿を探さない?」

「良いけど、どうせなら時計塔寄ってからにしない?」

 元気溢れるカタナとは違い、カリーは今、精神だけは五〇年を超えた偉大なものである。名所に寄るより、休憩所に寄る方が彼にとっては良かった。

「あぁ……まぁいっか」

 伊達に母をやっていない弊害が現れた。子どもの遊びに付き合うのと似た様に、カタナの行動に沿ってしまった。


 嫌々寄りに行った時計塔は、案外魔女という雰囲気を醸し出し、旅の疲れが瞳と一緒に吸われていきそうだった。

「綺麗でしょ、ニいさんたち」

「ええ、綺麗ですよねぇ」

 近所付き合いのノリで乗った会話の主は、赤いロングヘアーの女だった。前世に同じ女でありながらも、艶やかという印象をありありと感じた。

「誰あんた」

「そんな生意気なムすめにやる名前ないよ……あぁ? なんかアんた似てるね?」

 変わらず腕を組みながら、遠くから女がカタナをまじまじと見つめていた。

「チーク? ヤリバル? パン? ソード?」

 最後に聞き覚えのある名前が出て来たので、二人は実に驚いた。

「へぇ。ソードと知り合いなんだ、アんたたち。という事は……アんたはソードの娘だね?」

「今朝首を吊って死んだけどね」

 魔女以上に魔女の様なタイミングでカタナが返した。そのせいか、女は眉をひそめた。

「ソいつぁ悲しいね……言っちゃ、キみとトうさんは何か仲違いでもしてたのかい」

「父さんが私に性的虐待をしてた。私は最近になってそれが嫌になってた。だから死んでちょうど良かった」

「カタナ……辞めようよ。仮にも君を育ててくれた人なんだよ」

 それ以上の事を言いたかったが、経験を遡り、それは心に留める事にした。

「マぁ、色々あったんだね。今日はここで休んだらどうだ」

 分かりやすい反応こそしなかったものの、私達は内心飛び跳ねていた。聞いただけではあるが、民営だか公営だかの宿は、高くて貧しい内装らしかったからだ。

「行かない」

 カタナが冷たい反応をした。流石にカリーは怒りを込めて発言した。

「世界が自分中心に回ってると思ってる? カリー。そんな易しいものじゃないんだよ。お父さんも……なんだから、一人でなんでも出来る様にならないと」

「……」

「でも、今は当然それが出来ないんだからさ……泊まらせてもらおうよ」

「分かった」

 さっきよりは解けた温度で、カタナは返した。

「じゃ行こうか。アんた達……」

 ますますロンドンらしさを醸し出す道を、三人で歩いて行った。

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