第3話 写真家の夢

 ソードは仕事に出かけ、カタナは学校へ行った。カリーのする事は、ペットという身分上遊ぶことしかなかった。

 しかし心身まではペットではなかったので、人間らしい暇つぶしとして家中を漁る事にした。単にカタナ達の細かい情報が気になったのである。

 嫌でも行き慣れた地味に汚いトイレや、何故かお焦げだらけのキッチンを歩き回ったりした。

 何個目かの通りとしてカタナの部屋らしき場所に着いた時、カリーは心身の変化を覚えた。

 心がドキドキしている。すぐ打ち解けたはずのカタナの顔が、今は照れ臭い。きっと男の子になったからなのだろう、とカリーは考えた。

 しかし考えた所でドキドキは止まらない。どうしようか悩んでいるの手は、いつの間にかカタナの部屋を開けていた。

 開けた先は、粛々とした部屋だった。見た目や心の華やかさとは対照的に、例えばメガネをかけている娘が過ごしていそうな部屋である。

 心地良い罪悪感のもと、カリーは目一杯棚やリュックの中を荒らした。前の人生に、こんなにドキドキする様な若いシチュエーションはなかった。

 とある場所、具体的には本棚の上に、一枚の写真が飾られていた。

 内容は父親の横顔だった。ピントぼけの草原の中、ポケットに手を入れてカッコつけている父親が写っている、良い写真であった。

「カリー、何やってるの?」

「わアァァァ!?」

 いきなりカタナがやってきたので、彼は持っていた写真を落としかけた。カタナの眉が一瞬吊り上がった。

「え、えとね……もっとみなさんの事、知りたいなぁって……」

「それで私のリュックも漁ったってわけね?」

 まるでペットみたいな行動である。

「ところでこれ、良い写真だよね」

「うん」

「いつ撮ったの?」

「五歳くらいの時? 初めて撮れた写真が、嘘とかなしにパパが褒めてくれるくらい凄かったんだ。そこから写真家を夢にしてる」

 情けなくも話題逸らしに用いた写真が、会話の種になった。

「良いね。本とか、私が働いて買おうか?」

「良いよ。カリーは家でゴロゴロしてたら良い。前の人生で頑張った分、ここで休みな」

 はたから見ると生意気な態度の親子だが、今、カリーにとってはそれが心地良くなりつつあった。自分と違って過干渉せず、自分が何か決める必要もない、程よく自己を持った家庭だ。

 ペットらしくカタナの膝に寝転がってみたが、やはり転生後の自分はオス、ドキドキしたり鼻の下の線が伸びて敵わない。


 まだソードが帰らない夜、カリーはカタナに写真を撮らせてもらっていた。レベルの高いカメラだからか、スマホで撮ったりするよりよほど綺麗な写真ばかりが撮れた。

 しかし、自分でも分かるほど、被写体を活かした綺麗なものは撮れていなかった。そこでカタナに代わって撮ってもらうと、やはり綺麗になる。

 二度目のチャンスにカタナを撮っていたカリーは、ふと旧友の真智子を思い出した。今は佳知子と同じ様に老けてしまったが、目の前のカタナの如く、若く綺麗な親友だった。

 最近聞いたのは、その息子さんが書道に関する何かで賞を取った事だった。自分の息子も生きていれば、賞は取らなくとも活き活きとした人生を送れたのでは、という思いになった。

 長く沈黙するいち撮影家カメラマンカリーを、カタナは訝しげに見始めた。流石に被写体を待たせすぎた。

 なんでも良いから撮ろうとした瞬間、彼女の後ろに誰かがいるのに気がついた。あれは……ソードだ。

 ソードが血に塗れた斧を持ってこちらに向かって来たので、カリーは腰を抜かしてしまった。宛らジェイソンである。

「こんな夜に家に出たら危ないだろお前ら」

「すみません。写真を……撮ってたの」

「家で撮れば良いものを」

 カタナは何も言わなかった。何か言い返すと面倒くさくなりそうな為であった。その顔は晴れていなかった。

 ソードも帰って来たので、私達は家に入った。

「今日の土産は、ナンダオマエ広場で買って来たヤンノカオイルだぞ」

「あっ! 今流行ってるシャンプーだ!」

「その素材じゃねぇか? まぁ、これで一段と可愛くなると良い」

「パパありがとう!!」

 ご主人がソードに抱きついた。初見は分からなかったが、なんだかんだこの二人も立派な親子である。外れた私が目立つほどに。

「ほら、カリーも」

 カタナに呼ばれた私は彼女達の所に行く。刹那、カタナ、ソードが共に私を抱き寄せて来た。

「私たち、家族だよ」

「ま、まぁ家族だな。大切な家族だ」

 こんな事をするのか、という驚きでカリーは一時何も言えなかった。しかし、のちにそれ以上に尊さを感じ、泣きかける程に喜びを感じた。

「さぁ、歯を磨いて寝よう」


 カタナの寝室には、睡る彼女と睡れぬカリーがいた。まだ慣れぬものをもってトイレをする為、そこへ向かった。

 その道中電気のついた部屋、リビングを見た。ソードが頭を抱えている。

「どうしたの、ソード」

「まだ起きてたのかカリー」

「うん」

 飲み物を飲む為、寝ろと言うソードを避け何とか椅子に座った。

「カタナの……写真?」

「まぁ、そんな所だ。お前でも何となく分かると思うが、ここはそんな安全な場所ではない」

「うん」

「本当は写真より、どちらかと言うと、肉弾戦だとか魔法戦でのテクニックを学んでほしい。だから日々カタナに説得をしてるんだが、中々話を聞いてくれなくてな」

「そうね……ソード」

「なんだ」

「構えてないと」

「構える?」

「私の国では、古来より男は狩りに出かけて女は家事をしてたんだ。その頃から、男はきっと横柄になりきってでもがっしり構えてたと思う」

「そうなのか」

「うん。きっとね、父親なら柔軟にだとか、娘の事を思いやれだとか言われると思う。でも、難しいよね」

「……」

「やっぱり父親はがっしり構えるべきだと思う。私みたいな色々変えてばっかりのババアがいるなら、対照的に立場の人がいると良い」

「それでいて、良いのか?」

「うん。子どもが安心するから。臨機応変なお母さんに、いつまでも変わらないお父さんに。貴方とカタナだけなら一人二役しなきゃだけど、もう私が来たから大丈夫だよ」

「……申し訳ない」

「うん」

「カタナを思う気持ちは、自分で言ってなんだが本物だ。カリー、先輩。ここだけは分かって欲しい」

 泣いてしまったソードの顔に、ゆず代さんに触れる様に手を添える。

「ほら。がっしり構えていなさいってぇ笑」

「あぁ、すまん。あぁあぁ、すまん」

 暗かった空の光は、いつの間にか二つになっていた。

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