第2話 緑煉瓦の家

 三度目の目覚め。もはや早く目覚められる様になった佳知子は辺りを見回した。てっきり草原か何かに落ちるものだと思っていたが、ここは思いきりの屋内である。

「あーー!! 人間さん来たァ!!」

 よく聞いた事がある高い声をあげながら、女子高生あたりの娘が自分に抱きついてきた。女ながら、女子高生? の芳香を改めて感じた。

「貴方? 私を呼んだのは」

 そう発言した佳知子を見て、彼女、金色の髪の娘は首を傾げた。

? 女の子みたいな一人称だね」

 意味が分からない。私は女の子だ。慌てた佳知子が股間部を確認すると……なんと、のだ!!!

「えっ!? 生えてるんですけど!? ねぇっ!?」

「いきなりどうしたの人間さん!! 落ち着いてーーっ」

 なんとか佳知子をなだめようとする娘に慌てる少年。そこに大柄の男性が走ってやって来た。この子の父親だろうか。

「カタナ……人間さん遂に呼んじまったのか」

「うん。変な人間さんね」

 娘の名前が判明したのは良いが、一瞬の父娘の会話から、自分の待遇が良くはない事を佳知子は感じ取った。伊達には生きていないのである。

「捨てて来なさい」

「捨てて来なさいィィィ!? あんた、それでも父親か!!」

 飛びすぎた事象の連続に疲れたのか、佳知子はキレ始めた。

「なんだアンタ。呼ばれといて図々しい態度だな」

「呼ばれといて、じゃあないよ! 他の世界から呼ばれてのっそり来ただけありがたく思え、アホ!」

 佳知子とカタナの父。互いの血管は次第に速く脈打っていった。

「あのね、私は動物じゃあないの。異世界転生させる時点で普通じゃないけど……普通は警察に届けたりするものよ」

「警察?」

 父娘ともに首を傾げた。親子である。

 その表情二つを見て、佳知子はついに説得を諦めた。呼ばれた身で家を出ようとしたが、玄関扉がビリビリ痺れて出られなかった。

「何やってんだ。鍵かけてんだから無闇に触らないでくれない?」

 嫌いなタイプの男のせいで、佳知子は脳血管疾患のいずれかを引き起こしてしまいそうだった。

「こっちに生まれ変わらせたならさ、少しは良い待遇させてよね……」

 佳知子が部屋の隅でうずくまったのを、父娘はどうしようかと話し合っていた。窓から見える異世界の空はパステルブルーである。


 話し合いの結果、私は「飼われる」事になった。会話によると、生まれ変わって来た、まさに私の様な人間は低く扱われるらしい。勝手に呼び出されての待遇としては甚だ疑問である。

「ねぇカリー・シャ」

 私の世界でいう「純朴な」。そうつけられた名前で私は呼ばれた。

「何?」

「男の子なのに、可愛い顔してるね」

 突然の飼い主からの褒め言葉に、佳知子もといカリー・シャの情緒は跳ね上がった。

「や、やめてよ。私男の子になったってだけでもびっくりしてるのに……」

「ここに来る前は女の子だったの?」

「おばさん、って言ったら分かるかなぁ……五〇年位は生きてたのよ」

「すご!!」

 口に手をつけてカタナが驚いた。さて、父親の名前を聞いてないので、今から彼女に聞く。

「ねね、貴方のお父さんの名前って?」

「ソード。前か後ろにもっと名前があったはずだけど、なかなか聞く気にならないから、分からない」

「ありがとう。随分尖った名前だね、貴方達」

「カリー、私たちの家族なんだから貴方とか言わない。名前で呼んでよ」

「……分かった。カタナ」

「うん、カリー」

 緑煉瓦の二階屋内、主人とペットは契約を交わした。

 一階に降りるとソードが頭を抱えていた。

「なんだこの。あまりにも予想つかないコラボの連続だっ」

「どうしたのソード」

「あっ……」

 心配そうなカタナを傍らに、ソードは机に手を叩きつけて立ち上がった。

「お前……ペットの癖に俺を名前で呼ぶのか」

 無駄に豪華な赤髭がゆらゆら震えている。

「す、すみません。私が家族になったから、って、カリーに名前で呼び合おうって言ったの」

「躾が下手くそだなお前。そんな甘ちゃんみたいな躾の仕方だと、次第にいう事聞かなくなってくるぞ。お前みたいに」

 瞬間、素早く動ける様になった少年の体でカリーはソードに飛びかかった。タンクトップからはみ出た胸毛が不快だった。

「お前黙って聞いてりゃなんだよ。父親としてなんなんだよお前。それが娘やペットに対する態度か? 私は軍の部下かなんかか? お前はその上司なのか?」

「お前こそなんなんだ。まだ会って間もないのに俺たちに過干渉して。カタナが泣くからお前を家に置いてやってるが、本当は俺は嫌なんだよ」

「なんで?」

「カタナが勝手に召喚魔法を使うわ、そのペットが生意気な態度だわで気分が害されまくりだ。良いか、俺は働かねばならないんだ。ペットのお前とは違ってな」

 カリーの肩に置いていた手を、ソードはゆっくり緑絨毯の床に置いた。

「何の仕事に就いてるの?」

「あぁ、お前に言って分かるか……? 個人警備員プラクターと言う職業なんだが」

「プラクター……」

「お父さんはね、とあるおじさんとか、おねえさんの警護をしてるの」

(SPみたいなものか)

「どれくらい稼げる? 一日いつからいつまで働いてる?」

「馬鹿めカリー。プラクターはな、そのおじさんお姉さんが満足するまで働いてるんだよ。機嫌によっちゃ飯も食えねえことがある。そん時は自給自足で、時間のスキマに調達しに行くんだ」

「大変なんだねぇ。私の子ども管理とはまた違った大変さだわぁ」

「子ども? お前働いた事あるのか?」

「うん。ツルツル頭の子……零歳児から小学生まで幅広く他人の子どもの面倒を見て来たよ」

 最初は険悪だった家族の仲も、今は仕事についてテーブルで話し合うほどに落ち着いた。

「へぇ、意外とカリーも世間を知ってるんだな。賢いペットだと訂正しておく」

「未だペット呼びは気に食わないけどね」

 ソードが作って置いていた鍋のスープがものすごくぬるくなっていたものを、家族は残念な顔をしながら食べた。

 

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