第17話 彼女と彼女

 笠原 空ささはら そら……、僕の恋人だ。

 付き合ってまだたった二ヶ月だけど、僕は彼女の考える事は手に取るように分かる。いや、分かっているつもりなんだけど、今日の彼女はちょっとわかりにくい。


「高井くん、年末年始はどうするの?」

「そうだな。今年こそは実家に帰ろうかな」

「今年こそ?」

「いや、去年は、両親がこっちに来ちゃって、色々と大変だったんだよ。だから、今年は僕が帰省して超のんびりしたいなと思ってさ」

「そうなんだ。じゃあ、やっぱり無理って母さんに言っておくね」

「ん?何?なにいっとうとね?」


 僕は、ついつい博多弁が出てしまう。


「昨日、母さんとラインしていたんだけど、年末年始、高井さんと一緒に帰ってきたらいいのにって言い出して…。『流石に年末年始は無理だってば…、彼には彼の用事があるし…』って言ったんだけど、駄目元でも言ってみなさいって、ほんとにうるさくて…」


「えっ、そんなの絶対行くけど。普通に」

「はっ?え——!!普通に!?って…、ふふっ。ふふっはははっ」


 彼女は僕の腕に自分の腕を絡めながら上目使いで僕の方を見ながら笑っている。


『かわっ』


 ついつい声が心からダダ漏れしていて、僕が「あっ」というような顔をするから、彼女はまた笑い続ける。


 こうして、クリスマスの夜は過ぎていく…。


- - - - - - - - - - - -


「新潟駅からはどれくらいかかると?」


 ちょっと早く来すぎた僕らは、東京駅の待合のベンチで二人並んでホットのカフェラテを代わる代わる飲んでいる。


「高井くん、なんか寝癖付いているよ。ほらここ」


 彼女は、僕の髪を掴むと自分の人差し指にくるくると巻きだした。


「あー、やっぱり濡らさないと駄目か〜」


 彼女はそう言うとハンカチをコートのポケットから出し、お手洗いの方に向かって右足を少し引きずりながら歩いていく。


そらちゃん、いいってば、こんなのたいしたことないけん」


 そう、僕はついこの前から彼女のことを「空ちゃん」と呼んでいる。ちょっと恥ずかしいけど、彼女がとても喜ぶから頑張って続けているって訳。


 彼女は、一度振り向くと「いいから」と微笑みながら口を動かした。

 半分立ち上がったまま止まっていた僕は、ゆっくりとベンチに腰かける。この一瞬の時間でさえ、僕は彼女に見入ってしまう。こんなことでは先が思いやられるよな…。


「あれっ、高井くん!?」

「あっ、えっ?徳間?」


 クラスメートの中でもいつも仲良くさせてもらっている徳間だった。


 徳間由里子…、クラスのマドンナ的存在だ。

 男子生徒の多くが容姿端麗で性格もいい彼女と付き合いたいと思っている…、に違いない。

 だが、彼女は、一向に男と付き合う気配はなくずっと一人みたいだった。僕とは同郷のよしみで凄く仲良くさせてもらっている。これまでに二人で飲みに行ったこともあるし、夏祭にも行ったことがある。

 とはいえ、僕は笠原 空さんのことがずっと好きだった訳で…。だから、彼女とはそんな関係では無い。いやいや、彼女からすれば僕なんかは恋愛の対象になるはずがないし、そうだな…、男と女の親友って感じなんじゃないだろうか…。


「実家に帰ると?」

「いや、ちょっと新潟にな」

「えー、そうなんだぁ。残念〜。私は小倉まで帰るっとよ」

「新幹線で帰るん?きつかー!!」

「飛行機は怖いけんね。だからしょうがないよ。いいもん、ずっと寝とくけん」

「何時の新幹線なん?」

「9時35分だったかな。実はちょっと早く来すぎて…。だから、あと一時間は待たんと駄目なんよね」


 徳間は、くすっと笑うと中型のキャリーケースを足下に寄せた。彼女は、それ以外にも荷物でパンパンに膨れたリュックを背負っている。


「大きな荷物やね。いったい何泊するとね?」

「えー、二泊だよ。あのね!高井くん。女の子は着替えやら色々とあって荷物は多くなるものなの!そんなの分からんかったらあかんよ」


 徳間はそう言いながら僕の腕をバシッと叩いた。

 その時だった。

「やめて…」と、か細いとても小さい声がした。


 僕はその声に気づいて振り返る…。

 そこには、濡れたハンカチを持った彼女が立ち尽くしていた。


「空ちゃん、大丈夫か?顔色真っ青だぞ」

「……」


 無言のまま僕に近づいた彼女は、ハンカチを癖毛の部分に当てて、上下にゆっくりと動かす。

 百七十五センチちょいある僕に対し、百六十センチ前後の彼女は少し背伸びをしながら僕の髪を触っている。

 右足に体重が乗ってしまったのだろう。彼女は、バランスを崩して僕の胸に倒れ込む。


「危なっ。もう、大丈夫か!?」

「うん。ごめん。みっともないところ見せてしまって」


 なんともいえぬ優しい香りがする彼女を胸からゆっくりと離すと、このまま強く抱きしめたいという気持ちが次ぐ次に襲ってくる。

 ロングスカートにニットのセーター、その上にダウンジャケットを着ている彼女は、いつもよりずっとずっと可愛く見えていた。


「あの、高井く…ん…?私、もしかして、お邪魔だった?」

「いや、その。あのさ、紹介する。うちの国文科の二年、笠原 空さん。僕の彼女なんだ」

「えっ!?高井くん?彼女出来たの?」


 徳間は、ただでさえ大きな瞳をさらに大きくして驚いている。


「そんなに驚かなくてもよかやん?でも、まあ、今まで彼女がいたことなんてないけんね。しょうがなかか…」

「違う、違うって。ごめん。私、驚いちゃって…。あっ、私、電車の時間だ。行かなきゃ。今度ゆっくりと話し聞かせなさいよね。じゃぁ、高井くん、それに笠原さんだったよね。また、今度」


 そう言うと彼女は逃げるようにエスカレーターでホームへ登って行く。


「まだ、時間あるって言ってたくせに…。それに、良いお年をって言えんかったな」


 僕は、徳間に向かって呟く。


「空ちゃん、今度、徳間のことちゃんと紹介するけんね」

「………」


 彼女は、無言で僕を見ている。その彼女の瞳から涙がぽたりと滑り落ちた…。


「どうした!?どこか痛いのか?大丈夫か?」


 僕は、突然のことにオロオロしてしまう。


「私、最低なんだなって。私、高井くんを一人占めしたいって思ってるのが今、改めてわかった。あの綺麗な人が高井くんを触ってるのがすごく嫌だった。うん。すっごく嫌だった。

 だって!!!あの人と比べてたら私なんて全て駄目で良い所なんて一つもないよ。でも、私は高井くんしかいないし…。だから、嫌だっ」


 どうやら、これって焼き餅ってやつなのか?

 マジで?空ちゃんが僕に…!?


「ほら、落ち着けってば…」

「……って、私どうしちゃったんだろう。あれだけずっと一人でいいと思っていたのに…。なんで…」


 そういうとまた彼女は涙を流す。

 体のハンデのことを痛烈に感じているのだろうか?

 健康で全てを持ってる徳間と自分を比べることで、以前の彼女の負の心がふつふつと蘇ったのかもしれない。


 だけど、彼女はまだわかっていない。そんなこと関係無いんだ。

 僕がどれだけ君のことを好きだってことを、何度も、そして丁寧に伝えていかないと駄目なんだ。


 僕は、人目を忘れて、彼女を腕の中に入れると力を入れて抱きしめた。

 こんなに愛しい人はいない…。


 僕は、彼女の温もりと優しい香りを感じ、一人決意するのであった。




- - - - - - - - -


二十話でエンディングを迎える予定です。

もう少しお付き合いくださいませ!!


朝、夕の更新は思ったより大変で・・・。

でも、やると決めた以上、最後まで頑張ります!!

応援よろしくお願い致します。



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