第14話 セーラー服と日本刀

 結局、倉木に何の説明も出来なかったッ!

 放課後を告げるチャイムが校内に鳴り響く。それを合図に俺は教室を飛び出した。情けなさに唇を噛みしめた。


 後ろから「友達の星野くぅん!」とあきらかにビーチェ狙いの馬鹿どもの声が響くが完全無視で走った。


 全速力だ。


 何が何でも、あの人を厳しく注意しなきゃならないからだ。


 校門を出てすぐの電柱脇に立つ黒いコートの女──帝国護衛官『アマンダ・セラフィム』またの名を、専業主婦『星野真理恵』つまり俺の育て親だ。



「何やってんだよ、あんたは!」



 悲鳴を上げる肺を押さえつけながら怒鳴りつけた。

 母さんを怒鳴るなんて人生で初めてだ。


「お勉めご苦労さまです、殿下」


 俺の怒りなんてどこ吹く風。

 スパイ気取りのコスプレイヤーは飄々と返してくる。


 真後ろをつけてきたビーチェが息一つ切らさず「アマンダ、ごくろう」などと偉そうに言葉をかけた。やはり護衛官より戦闘メイドのほうが立場が上のようだ。


 他人から母親に上から目線で物言われるのは面白くない……母親じゃなかったか。いや、俺の中では、やっぱりこの人は星野真理恵で俺の母さんだ。


「ビーチェ、おまえが俺のそばにいることを認める」


 ビーチェは頬を赤らめ笑顔を浮かべた。

 そして、うんうんと頷きながら「それが正解ですわ、皇子さま」と鼻息荒く勝ち誇ったように腰に手を当てている。


「それでだ、おまえはあくまでも俺の親戚だ。そして、この人は、」と母さんを指さし「アマンダではなく、星野真理恵だ。わかるか。つまり、おまえが日々お世話になる居候先の親戚の叔母さんだ。言葉使いに注意しろ」


 ビーチェが首を傾げる。


「だから『真理恵おばさま』と呼ぶんだ。そして敬語をつかえ」


「わたくしが、アマンダに敬語をですかぁ!?」


「アマンダじゃない。真理恵だ。俺の母さんだ」


 ビーチェがジッと母さんを見あげ、そうして黒コートを指さし「これが殿下のお母さん?」と不審な表情で振りむく。

 真顔で聞くな。


「母さんも、その変な格好は禁止だ。とにかく皇子からの命令でも何でもいいから、その服で外を出歩かないでくれ」



 それにしても、母さんってこんなキャラだったかな。



 県営アパートの一角で他の主婦連と安売りのチラシを囲んでの井戸端会議。旦那の悪口言って盛り上がり、子育ての苦労を語り合って落ち込む。

 洗濯物干して、昼はドラマに涙してそのまま昼寝。

 夕方に旦那と息子の飯と風呂の準備。そんな一日を、それなりに過ごしていた専業主婦だったはずだ──いや、多分に俺の想像ではあるが。


 少なくとも鎖鎌モーニングスターぶん回してモンスター倒したり、黒コート姿で女スパイの真似事やるような人ではなかった。


 異世界に脳ミソ侵食されはじめてんのかな?


「殿下、どうやら楽しい家族団らんは一旦お預けのようです」


「え?」


 母さんの真剣な眼差しの向こう、真っ黒いぐるぐるが現れた。

 気づけば周囲の色味も落ちて、またあの無彩色の空間になっている。


 ビーチェが叫んだ。

「来るッ!」




 ドッ、と暗黒から白い触手が伸びた。


 まるでイカの脚を思わせるそれは、何本もの束になって急速に向かってきた。ビーチェが俺に体当たりして触手を交わす。


 ヤバい、トラウマが再発しそうだ。グッと奥歯に力を入れ気合いをいれる。



「皇子、お聞きします」


「なんだ」


「あれは人間ですか」


「……なに言ってる、あんな人間がいるわけないだろ」


「わかりました」

 ニンマリわらうと「アマンダ」と母さんを呼ぶ。


 敬語を使えと言ったばかりだが、今は非常事態だ許そう。

 真理恵あらためアマンダは空間に開いたポケットに手を突っ込むと、そこからにょっきり日本刀を取り出した。


「ビーチェさまっ!」


 戦闘メイドあらため戦闘女子学生ビーチェ・アルファーノは、日本刀を受け取るやスッと鞘を抜いた。

 夕暮れの赤い日射しが反り返った刃を染め上げる。


 ドッ、と再びが俺へ向かってきた。

 ぐにょぐにょ気持ち悪く蠢きながら、それはまるで意志をもって俺を挑発しているような、小馬鹿にしているような、そんなイヤらしい動きだった。



 バサッ!



 赤い閃光が打ちおろされる。

 数本の触手がいっぺんに宙へ舞った。切っ先鋭い日本刀をひるがえし、セーラー服が風を受けて震える。


 再度の打ちおろしとイカの悲鳴。


 圧倒的早業に、どす黒い液体をばら撒きながらのたうち回っていた。


「皇子、殺して宜しゅうございますね」

 ビーチェがわざわざ許可を求めてきた。

 これまで好き勝手惨殺ざんさつしまくっていた戦闘メイドがどうした?


 セーラー服に着替えたとたん乙女おとめになったか……あ、ひょっとして理由は俺か。「簡単に人を殺すな」と、確か言ったっけ。

 いやいや、まさか俺の命令をちゃんと聞くとか……まあ、そうか。

 俺は皇子だったな。


「よし、ビーチェ。許す!」

 イカだもんな。人じゃないもんな。


御意ぎょい

 日本刀をぶんっ、と細腕で振りあげる。間髪入れず先端は風を突き抜け、異世界イカの丸っこい本体へやいばを突き立てた。

 びくんっ、肉体が一瞬痙攣けいれんする反応をみせたが、そのまま動かなくなった。

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